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キリスト教って、やっぱり選民思想ですよね? 聖書も、そういうニュアンスですよ...

kob********さん

2018/4/701:13:41

キリスト教って、やっぱり選民思想ですよね?
聖書も、そういうニュアンスですよね?

なんでそれがわからない人が多いんでしょうか?
間違った意味での人道主義に、すり替えられているから


本質が見えてないのでしょうか?

補足結局、仮に聖書を読んだとしても、仮に進んで選ばないとしても、永遠の地獄で苦しみ人たちがいるわけだから、「自分たちは選ばれた!」と考えても、本質的に間違いではないですよね?
逆に天国に行ける人は、選ばれていないのですか?

キリスト教では、地獄に落ちたら、救いの道はないわけですよね?
天国とはキリスト教の神によって選ばれた人たちの場所。
地獄は、そうではない永遠の苦しみの場所。

仏教には輪廻があるし、自分の行いによって、結果が変わる。
釈迦に選ばれるわけではない。

もし、”選民”という言葉がもし嫌なら、なにか代替の言葉を教えてください。
天国、地獄、そこに行けるひと達に関して、適切な言葉をおねがいします。

私は一番ニュアンスが近いのは、選民思想だと思います。

イメージが悪いからと言って、都合の良い解釈をし過ぎではないですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

suy********さん

2018/4/710:05:32

アンチキリスト教って、やっぱり被害妄想ですよね?

なんでそれが分からない人が多いんでしょうか?

間違った意味での平等主義に、すり替えられているから?

本質が見えていないのでしょうか?

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pop********さん

2018/4/1311:39:05

差別するための選民ではなく、神が目的を成就されるに際し、色々な役割を果たすための選民です。

例えば、その選民によって神の音信を世界に広めるなど。

hop********さん

2018/4/1100:14:35

神から選ばれた民がいても、結局のところ信じれば誰でも入れるので、誰でも選ばれた民となれます。私は天国も地獄も人の心の中の状態で、自分が考え方を変えれば幸せにも不幸せにもなれると思います。キリストを知らない人や信じない人は、死んだら皆地獄に行くとは思いません。死んでから裁判の日までに知ることができるかもしれないし、神様がどんな裁判をするのかはわかりませんが、公正に裁いてくれると思います。死後は自分の心にあった場所に行くように思います。死んだらわかることなのであまり深く考えるより自分をできるだけ正して福音にそって生きる努力をしています。

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the********さん

2018/4/1011:33:11

>イメージが悪いからと言って、都合の良い解釈をし過ぎではないですか?

そう思います。私的解釈を施していますね。禁忌事項です。

「選民」については、確かに聖書にはそういう箇所があります。
神は、「選んで」おられるのでしょう。

一方で、「人間の自由意思」を神が尊重するということも聖書には見てとれます。

この二つは相反しますが、私はこう考えています。

神の側からすると、「選んで」おられますが、人間側からすると、誰が選ばれて、誰が選ばれていないのか、わからないわけですし、「自分の意思」で、神を信じる道を選びとったように感じる、ということです。

mut********さん

2018/4/921:30:36

聖書の神の救いは昔も今も全人類が対象です。ですが、人が神を信仰によって選ぶというのも必要です。

昔、最初の創造された人間夫婦が反逆後、人類の中で神を知り信仰を働かせた人の子孫が神から選ばれた民族となりました。ですが不完全であることは選ばれていない民族と同じなため信仰を働かせ続けなければなりませんでした。

現在ある一民族だけが選ばれている・選ばれるということはありませんがやはり信仰を持つとか維持するは選考基準になります。

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are********さん

2018/4/722:12:44

「選民思想・・・」は福音をよく知らない人たちの言葉なのです。

主はアブラハムに、彼の子孫により、地のもろもろの民がその祝福を受けるようになると次のように約束しておられるのです。

「地のもろもろの国民はあなたの子孫によって祝福を受けるであろう」(創世記22:18)

これは、彼の子孫に送られるメシア(イエス・キリスト)の福音の恵み(永遠の生命の恵み)が、彼の子孫により世界中に伝えられ、アブラハムに約束された主のその約束が、世界中にもたらされ、福音を受ける人々は、養子縁組の律法により、アブラハムの聖約を受け継ぐ者となり、世界中の民がその恵み・祝福を受けるようになることを告げておられるのです。そのような特別な使命を持つ意味での選民というのなら意味は会いますが、ネットで皆さんの使われ方、解釈を読む限りでは排他的な意味で解釈しがちのようで、それは意味が違うのです。現在のユダヤ人の人々はまだキリストを受け入れておらず、聖書の真のこの「選民」の意味を理解していないのです。

この真の意味の祝福を、神は末日に、聖書に付け加えて、古代のヨセフ子孫の主に関する新たな証の記録(モルモン書)を地からだし、その記録を授けたヨセフの子孫の祝福と神の権能を授けたイスラエルの聖約を受け継ぐ新たな民により、アブラハムと交わしたその聖約を、世界中の人々にもたらし、その約束を果たそうとされているのです。

旧約聖書の偉大な予言者イザヤはこのことを次のように描写しています。
「わたしは来て、すべての国民と、もろもろのやからとを集める。彼らは来てわが栄光を見る。わたしは彼らの中に一つの徴(しるし)を立てて、のがれた者(※この世の罪とけがれ【バビロンの罪けがれから】から離れた者、清められた者たちのこと)をもろもろの国、すなわちタルシシ、よく弓をひくプトおよびルデ、トバル、ヤワン、またわが名声を
聞かず、わが栄光を見ない遠くの海沿いの国々につかわす。彼らはわが栄光をもろもろの国民の中に伝える。・・・『わたしはまた、彼らの中から人を選んで祭司とし、レビ人とする」と主は言われる。』」(イザヤ66:18~21)

どんな徴を携えているのか、それをイザヤはイザヤ29章で詳述しています。29:13の「この民は口をもってわたしに近づき、くちびるをもってわたしを敬うけれども、その心はわたしから遠く離れ、彼らのわたしを貸し込み恐れるのは、そらで覚えた人の戒めによるのである」と主は誰かにその時代の人々のことを語られ、そのことは「不思議な驚くべき業」(同29:14)として世界中の人々に告げられ、併せて古代のエルサレムの町の民のようにある滅びた民の人々が、「地の中から亡霊の声のように語り」(イザヤ29:1~4)、それは「書物」となって出てきて、「眼の見えない者、耳の聞こえない状態の人々を見えるように、聞こえるようにする」と同イザヤ29:18~19で予言、説明しているのです。

このことを信じ、主の下に来てバプテスマを受け、最後まで忠実に主に仕え、主が備えられた恵みを受け清められた者となり、アブラハムの聖約を受け継ぐ者、真のイスラエルの民と主に認められる者となり、主の再臨の備えをするように世界中の人々に主は、僕たちを通じて現代、呼びかけておられるのです。
拒絶せず、本当かどうか聞いてみる人たちは、津波から逃れられた人たちのように、幸いな者となることでしょう。

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