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「第三の道」思想は、結局どうなったのでしょうか。 wikiによると、↓と、あります...

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ID非公開さん

2018/5/710:00:04

「第三の道」思想は、結局どうなったのでしょうか。
wikiによると、↓と、あります。
「(イギリス)結局、労働党は13年間政権を維持したが、2010年5月の総選挙で大敗し政権から退く事になった。



結局、今の我々の時代は、どういう思想に依拠してると言えるのでしょうか。

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rie********さん

2018/5/718:11:59

現代は20世紀半ばのような思想依拠の時代ではない。思想アリキではないということだ。

むしろ19~20世紀初頭までの思想氾濫期同様に、すでに変革著しい新しい生活と地球規模での学問的知見を含む文明の発展に対応するための、新たな「方法論」を模索している最中だ。
つまり現代は抽象的思想を追い求める時代ではなく、あらゆる面で速度の大きい変遷に対応する現実主義の時代だ。

第三の道の中身は先進諸国間でその事情に応じてバラエティーに富んでおり、社会の変遷に対応するための現実主義が生み出した現実対応だ。
第三の道という名称は、政治政策の現場に先んじてあったものでは無く、またそこから出たものでもなく、事後に現象論として思想家が分類命名したものでしかない。


19世紀から20世紀初頭はそれまでの産業革命の仕上げとして、それまで雑多に発展した諸学問、特に科学の諸成果を統合した理論がひととおりの完成を見た時代だ。

それは統合された世界観、自然観、歴史観、文明観の発達をうながし、資本経済の科学的分析がなされて社会主義と自由主義の統合の基盤が生み出され、かつその鬼子のように共産主義と国家統制主義が生み出された。

それらが生み出された動機の背景にはキリスト教的絶対運命論、すなわち決定論的世界観がある。
決定論的世界観ではすべての運命は造物主によってかあるいは他の要因で決定されていながら、人類は知識不足でそれを知らないために確率が生じ、試行錯誤するという考え方をする。
そのため、人類社会が天国や桃源郷や「約束の地」に到達する絶対的な筋道が存在し発見されるのを待っている、という楽観的運命論が終末思想を除くすべての思想の背景にあった。終末思想も人類は必然的に絶滅する運命だという決定論だった。

産業革命を支えたニュートン力学は決定論だった。電磁力学の古典論を完成したマックスウェルの理論も決定論だった。相対性理論も決定論であり、アインシュタインは生涯「神様はサイコロを振り給わず」と決定論を信じていた。


現代でも大騒ぎするミギーだのヒダリーだのの思想はこの時期20世紀初頭に完成されたが、ヒダリーは決定論的な共産主義理想郷を求めたため「科学的社会主義」を標榜した。決定論的科学の必然だと主張したものだ。
一方のミギーは国家資本主義を基盤にした伝統的封建主義や身分階級主義であり、身分階級による国家統制支配が決定論だと主張し反科学を標榜した。
それはソ連革命とナチス革命と中共と軍国主義や右翼を生み、第二次大戦の背景となり、大戦後の冷戦を生んだ。


同じ時期の第一次大戦後から第二次大戦にかけては、自然界が本質的に「量子ゆらぎ」による確率に支配され非決定論的であることを証明する量子力学が素粒子、原子の諸現象の発見と考察によって勃興し、ひととおりの完成を見る時代でもある。
すなわち非決定論的世界観の理論的基盤が誕生したが、核兵器を除き実際の社会的応用技術はまだ無かったから政治思想や哲学思想への影響はほとんど無かった。

決定論的世界観は冷戦を通じて世界を支配し続けた。量子論でさえ疑いの目を向けられ、決定論的「隠れたパラメータ」の存在が模索された。
量子ゆらぎが大宇宙の本質であり、この世は非決定論的だという自然観が疑いの余地無く証明され確立されたのは20世紀後半だ。

一方では冷戦期の西側自由民主主義陣営は冷戦時代の現実対応を迫られ、資本主義経済の暴走と破局を防ぐために社会福祉などの社会還元そして金融制御の原理と手法を発達させた。

すなわち20世紀初頭までに資本主義経済に社会主義運動によって取り入れられた社会主義的な経済機構は20世紀を通じて人類経済の本質的な部分と認められるようになり、現代のような社会福祉と融合した自由主義経済が形成された。

それは一般に社会自由主義、あるいは自由社会主義などと呼ばれる。現代ではすでに完全に制御フリーな原始的自由主義は存在しない。なぜならそれは過去に幾度も大恐慌を巻き起こし、理論的にも不安定だと証明されているからだ。
現代的資本経済では、社会福祉も金融制御も経済安定のための必須の機構であり、観念的な人道主義以上の物理的に必須なものだと証明されている。


イギリスなどの第三の道のような現代的な試行錯誤は、そのように統合された現代自由民主主義の中での現実対応なのであり、「ゆらぎ」の範疇だと言える。

つまり、世界が非決定論的であるからには、人類のどんな活動にも可能性の冗長性が存在し、それは決定論的な決まった道筋の上にはまりきったものではなく、非決定論的ゆらぎが常に付きまとい、時にはべき乗則(あるいは1/fフラクタル揺動やファジーやカオス)に従って暴走や破局が起こる。

そのため、どのような人類社会活動でも必ず自律的な監視と制御が必要で、固定した制度では対応できず、常に現実対応による臨機の調整が要求されるのである。


現代自由民主主義制度と自由資本主義経済はそのような非決定論的現実が持つ冗長性、自由度を最大限に許容しながら、かつ機動的に自律制御して破局を防ぐ対応力を兼ね備えるように発展した。そのため冷戦は終了し決定論に支えられた共産主義の理想は過去のものとなった。

それゆえ、現代世界の政治では過去のような「決定論的指導理念」は存在しないが、その背景として非決定論的世界観が厳として自律的現実対応を求めているわけだ。

そうでなければ地球環境をも破壊しかねない科学技術を適切に用いることは出来ないという世界のコンセンサスが存在する。
もちろん、反動的な利己主義はいつでも存在するが、現代的問題のほとんどは政治思想の有り様を問わず、利己主義によって生じていると言える。

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goo********さん

2018/5/711:00:21

すくなくとも現状最弱野党の元では安倍一択の一本の道しかないように思われます。
日本の不幸です。

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