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源氏物語について質問させていただきます。 ①源氏物語は主人公光源氏が死ぬ雲隠...

iri********さん

2018/5/921:33:36

源氏物語について質問させていただきます。

①源氏物語は主人公光源氏が死ぬ雲隠という帖がありますが、そこには何も書かれなかったようです。
何故本文が無かったのかは諸説あるようですが

、そもそも何故紫式部は光源氏の死後にまで物語を伸ばしたのでしょうか?
光源氏が物語の主人公であるなら彼が出ない宇治十帖は明らかに蛇足ですし、その前の幻で終わらせても良いはずです。

何故作者はわざわざ雲隠れみたいな空文の帖を設けてまで三の宮の後日談を付け加えたのでしょう?

詳しいかた宜しく御教示宜しくお願い致します

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2018/5/1015:46:49

宇治十帖は紫式部の作ではなく、別人が付け足したものである、という説は昔からあります。文章を科学的に分析すると宇治十帖の文体、構成には、そこまでの章と有意な差があるんだそうです。「紫式部の娘、大弐三位が書き足した」としている文献もあるんだそうで。
私にはこの説の当否はわかりませんけど、あなたが抱いた違和感を素直に解決するためには、「紫式部が人気に押されて、気が乗らないけどしょうがなく書いた」というより「別人が書き足した」というほうが、納得できるような気がします。
そもそも当時の物語には、著作権も版権もありませんし、作者の名前が表紙に書いてあるわけでもありません。ですから、誰が続編を勝手に書いても誰にも怒られないわけで。そもそも「源氏物語」というタイトルも後世の人間がそう呼んでるだけだし、「紫式部」というのも本名ではなくペンネーム、というかアダ名みたいなもんですから、藤原為時の娘、という女性があの物語をぜんぶ一人で考えて書いた、って当時の誰も断言してはいないわけです。

井沢元彦に「GEN」という小説がありまして。若き日の角川源義が源氏物語のなぞをとく、というすごい小説ですけど。ここで源義は、じゃなくて井沢氏は、「源氏が地方に左遷されている巻は、別人があとから挿入したもので、紫式部の書いたオリジナルは、主人公が一直線に出世して太政天皇に上り詰める物語なのだ」という説を唱えています。そのほうが、登場人物が途中で消えたりする矛盾が消え、辻褄が合うんだそうです。興味あったら読んでください。角川から出てます(笑)。

平家物語が、琵琶法師が語り伝えるうちにエピソードがどんどん足されていったように、源氏物語にも、別の作者の「二次創作」が付け足されたり挿入されたりしていれも、さほど不思議ではありません。

  • 質問者

    iri********さん

    2018/5/1016:41:23

    ありがとうございます。
    ご紹介いただいた説は井沢氏の逆説の日本史にも書かれていました。
    仮にその井沢氏の説が正しければ、光源氏が出家する以降は付け足しになるのでしょうか?

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2018/5/1407:52:08

私はドラゴンボール的な理由が第一かと思います。

源氏物語自体が、広大な全体像を完成させた後に、一気に書き上げた作品ではなく、最初は小噺的な一帖一帖ぎゅっとまとまった感じですよね。

それが世間で認められ評判になり人気がでて、続編を望むファンがどんどん増えていった。作者本人のパワーアップも含めて、できる限り過去の描写と矛盾しないようにある程度は気を使いながら、そこにも本当はこういう理由があったからみたいに、継ぎ足し継ぎ足しで、どんどんスケールアップしていきました。

光源氏の物語としては、ある程度のリアリティを考えると、ジジイになった光源氏では限界ですよね。それでも、続編を望む声は大きい。さらには作者としてのエゴもあるでしょう。

さて、宇治十帖って蛇足ですかね?
私は夏目漱石の最晩年の未完の大作「明暗」にとても似ていると思っています。

増えない登場人物、韓国ドラマばりの狭い人間関係、つまらない物語展開、進まない時間。こうしてざっと列挙すると確かにイマイチですが、それを考慮しても余りあるのが、人間の心理描写だと思うんです。

私は物語の面白さにある程度興味を失った作者が、より深い人間の心理とその描写に拘った結果だと思うのです。現代小説的な観点ですが、それこそ当時ではまったく新しい挑戦ですよね。概ねどの国でもまだまだ文学は物語中心でしたし、個人の心理を中心に描写するなんていう発想がすごいですよ。本人はやりたくてやっただけでしょうけど。

とは言え、物語の面白さが減った分、読み物としての破壊力が減少したのもまた事実だけです。夏目漱石の明暗もそうですが。ということで、物語の面白さもスケールも維持した上で、心理描写も随一の「カラマーゾフの兄弟」が世界文学史上最高の作品となるわけですが、この意見のゴリ押しこそ蛇足でしたね。

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2018/5/1013:52:03

①とだけあって②以下がないのですが、①にいくつかのご質問が含まれているということですね。

>そもそも何故紫式部は光源氏の死後にまで物語を伸ばしたのでしょうか?

源氏の生涯を書きすすめていくうちに、彼女にはもっともっと書きたいことが、書かねばならないことが、次々アイデアとして浮かんできたのです。それらを書くためには源氏が主人公では無理です。なんといっても最晩年はともかく、彼は自己に対して微塵も疑問を感じない男ですから。
女三宮を登場させたときにはすでに宇治十帖の構想は出来上がっていたでしょう。女三宮によって源氏の完全調和の世界を崩壊させ、あらたな物語世界を構築する必要があったのです。

>光源氏が物語の主人公であるなら彼が出ない宇治十帖は明らかに蛇足ですし、その前の幻で終わらせても良いはずです。

繰り返しになりますが、源氏が主人公ではもはや描き切れない物語、それまでの日本文学に、おそらく当時の世界文学においてすらなかった、新しい物語を彼女は書きたかったし書かねばならなかった。それは彼女の作家魂が書かせたのです。
宇治十帖がなくても源氏物語は大傑作ですが、宇治十帖によって世界文学史上の奇跡となりました。

>何故作者はわざわざ雲隠れみたいな空文の帖を設けてまで三の宮の後日談を付け加えたのでしょう?

宇治十帖で「三の宮」と言えば今上の第三皇子匂宮のことです。もし女三宮のことをおっしゃっているなら、もちろん宇治十帖は「女三宮の後日談」ではありませんね。
あとは上記の繰り返しになるので、ここまでといたしとうございます。

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syh********さん

2018/5/1001:06:38

源氏物語は趣味で書きはじめたものが評判となったものでもとがいわば連載小説です。

一端死んだピノキオが生き返ったようなものです。

作者としては不本意なので全体ペシミスティックなのです。

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