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海軍が保有していた零戦は部品がバラバラで規格を統一できず、標準化という概念が...

kat********さん

2018/6/2912:31:31

海軍が保有していた零戦は部品がバラバラで規格を統一できず、標準化という概念がなかったらしく、来日した外国人は「高性能を誇っていたことが不思議なくらいだ」と驚いてましたが、

そうした部品を作る基準とかは個々の目視確認のみの判断だけに委ねられたのでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

zer********さん

2018/7/100:07:01

意外と皆さん知らないようですが、日本にも戦前から工業規格はあり、その規格に準じて製品は作られています。
でなければ、数百数千の航空機量産など不可能です。
もちろん、現在の水準からすれば桁違いに緩いものですし、欧米各国に比べて一歩遅れていた当時の科学水準や工作機械精度では仕方ない部分もあります。
ちなみに、例えば当時の「陸海軍航空材料規格」は今日でも原本を見ることができます。
一例として「アルミニウム合金」の事例ですが、これは昭和14年のものです。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1054131

第一次世界大戦後、一気に日本国内へも入ってきた各種軍用機は、使ううちに損耗する補用部品が揃わないために次々と廃却を余儀なくされたことで軍は規格化の必要性を肌で感じており、手近な既存の技術から規格化を進めていきますが、次々と開発される新しい素材や部品の規格化は(日本に限らず)様々な要因ですぐに出来上がるものではありません。

むしろ、例えば航空機の製作に必要な「リベット」の規格化などはアメリカより早かった(日本で統一規格ができたころ、アメリカでは各会社ごとの規格しかなく、他社では使えなかった)とか、零戦等に使われた超々ジュラルミン(ESD)の開発は1936年であったのに対し、ほぼ同じ製品であるアルコア社製A7075が完成したのは1943年(住友金属が取得した製造特許との関係は未調査)であたりとか、アメリカより早く規格化したり製品化したりした事例も一部にはありました。

世界初の全金属製航空機である「ユンカースF.13」の初飛行は1919年のこと。
以後、世界中が新しい技術開発のために様々な努力を払い、日進月歩の発達に合わせた新たな規格を次々と制定していく流れの中に、日本は一歩遅れながらも懸命に追いかけていたのです。
海軍から零戦の開発要求が出されたのは1937年と、F.13から20年経過していないのです。

ところで、他回答者が三八式歩兵銃の部品互換性欠如を指摘していますが、後継である九九式小銃では互換性が確立(戦争末期には再び悪化しますが)しています。
ここでも関係者の努力は継続されていることを知っておくべきです。

>部品を作る基準とかは個々の目視確認のみ

戦前から、部品の量産に使う工作機械には「倣い」もあり、組み立てには「冶具」も使われいます。

質問した人からのコメント

2018/7/5 17:24:52

武器によってもかなり異なるということが分かりました。
期待以上の回答をして下さってありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

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huu********さん

2018/6/3009:34:51

航空機エンジンなど、国の工業力の集結でした。
ながら、整備兵達はヤスリをかけたがったそうです。
つまり精度にばらつきあって、定格性能に近づけるには
熟練の整備工の神業が必要でした。

日本も欧米の技術水準と同等か、一部それ以上のものもあったが、
全体的には技術者が作った工作製品の域を出ていず信頼性と
実用性を兼ね合わせた工業製品ではなかったのです。

■規格統一なく互換性低く長引く戦争により品質は低下。


例えば38歩兵銃ですが、製造した各兵機工廠によりネジの切り方から
違い互換性が低かったし、初期のものは命中精度が高く優れてい
いたが、粗製乱造されたものは、これが同じ銃なのかと思われる
程に性能低下していた。

これは当時の日本に現代の工業規格であるJASなど統一規格がなく
兵廠によりビスの形から螺旋溝の切り方まで違っていて
また経済封鎖前に米国から輸入した最新鋭工作機械でゼロ戦や
大和さえ建造されたが、次第に摩耗し精度維持困難となったばかりか
熟練工さえ徴兵され、穴埋めに女工らが動員され粗製乱造に至ったのです。

また日本は工作機械を作る母であるマザーマシンを独自開発出来ず
最新の兵器は更に高水準の冶金や加工技術が強要されるものであり
40㍉機関砲や排気タービン、予圧室など研究の域に終わった。

■戦後日本に米国からクオリティーコントロールの観念を。


そんな戦時下の日本でしたが本土防空戦で源田実率いる
紫電改部隊の稼働率は日本一で、それまで兵器は壊れたら
修理するというものでしたが、部品一つ一つの耐用時間を割り出し
定期交換したからでした。

戦後に米国からクオリティーコントロールが導入され工業規格が
設定され、車検制度などに活かされ各種製品にも定期点検と
定期交換が義務付けられた。

そして五十年代から七十年に比較的安く信頼性と耐久性を併せ持った
ビデオやテレビ、自動車とジャンジャン輸出しメイドインジャパンが
世界を席巻し貿易立国となり貿易戦争へと発展しました。

sho********さん

2018/6/2918:05:07

規格の話自体はあったらしいんだけど、
戦争モードになってしまいあやふやになったとか
そんな話もある。

流石に目視のみってこたぁ~ないだろうが
工場単位でズレがあったという話はある。
特にネジのような小物はそうだったとかな話ですね
(まさか、鬼畜米英ヤツラの方式何て使えるかぁ~
って思ったワケでは無いだろうけど)。

ただ、職人技は多かったようで…
整備兵は異常な位優秀だったそうです。が、地位は低いΣ(゚д゚lll)。
ぃゃ地位は低いが職人気質?プライドを持っていたのかもしれない。
目視のみではないだろうと言ったが…職人技だと
触れるとか音とか微妙なとこで異常を見つけたりしてたのかもですねぇ
(神業だな)。

特に、補給のまともに出来ない地域だと…部品作り直すだのまで
やってのける整備兵がいただの…机上の論理では航空機の前後は
別機体でも型が同じならくっつくハズが、どうもそうならんので
これもまた職人芸的な技で繋げたとかな逸話?もあるようです。

まぁ規格の問題だけじゃなく、貧乏国家なのにほぼ同じ性能の
ものを陸海軍で別々に造るって効率悪さもあるが…こりゃ別件な話だな。

しょっぽクン

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ara********さん

編集あり2018/6/2917:32:18

あ、いや部品の規格化は日本の陸海軍で戦争が始まるずいぶん前から実施してます。

なにしろ零戦を例に取ってもプロペラは住友、エンジンは中島、機体は三菱ですからね。それぞれネジ穴が違えば取り付けは不可能です。

全部三菱ならば、三菱規格でも構わないんでしょうけど。。

機体ごとに、同じ部品のサイズが違うということもありません。
一機ごとの手作りではなく、流れ作業の量産ですからね。

ただし、生産に使用できる同じ部品を作ることが難しかったということはありました。
たとえば後期になると熟練工に代わり女学生などが旋盤を扱うわけで、100個作って機体の生産ラインに回せる部品が何割も無かったとか、そういう意味では苦労してます。

あと有名なのが飛燕の液冷エンジンの軸受けの生産精度が極端に悪く、機体だけが先に出来てしまい、それが五式戦闘機の開発に繫がったケース。
これも規格化が出来なかったのではなく、規格を満たした部品が目的数出来なかったから飛行機の生産が滞ったわけです。

まぁでも武器の統一では、上手くいってません。
同じ口径の機銃でも、メーカーを統一できず、機銃の種類ごとの弾丸が必要でした。
米軍では、ブローニング機銃で陸海軍の航空機、陸軍の戦車、歩兵の重機関銃、艦船搭載機銃など「この弾丸さえあれば大丈夫」というわけです。

ただし、生産工学の教授や大企業の生産システムの専門家までも高い階級で軍に迎えて大量生産を成し遂げたアメリカですらも、航空機などの兵器は実に様々な種類を作っています。活躍した一部を除いて、ほとんどが失敗作だったのですが、これらは必ずしも統一規格というわけではありません。違う種類で重要部品を共用するというのはむしろ珍しいです。

usa********さん

2018/6/2913:29:03

標準化されてないというのは「目見当で適当に作っていた」とは意味が違います。

例えばネジ一本でも現在は共通規格で頭径○ミリ、頭高□ミリ、長さ△ミリなんて形で寸法などが決められていますが、当時はメーカーごとに作る部品の寸法や材質、製法などの決め事がないので、メーカーごとにまちまちでした。

つまり、ネジ一本交換しようとしても、他社製品では合わないものばかりで、修理も覚束ないのです。

現在は規格が共通化されていますので、同じ規格のネジならば必ず合うようになっています。

他の方の回答にもありますように、銃弾でも規格が統一されていないので、弾薬箱に弾はたくさんあるのに、持っている銃には合わないので撃てないので実質丸腰なんてこともあり得ます。

本来規格が共通化されていれば銃と弾薬で戦力になるはずなのにそうならない。みたいな話です。

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mek********さん

2018/6/2912:49:42

そういうことじゃないです。部品が規格化されていないということなのです。現在のJIS規格は戦後制定された工業標準化法によって規定されています。戦前も規格はあったけど現在ほど稠密な概念でなく臨時日本標準規格といって物資不足の時勢に配慮してわざと品質を下げてもいたのです。標準化という概念が無かった訳ではなく、物資不足であり標準化を推進する機構も不十分だったということ。目に見えるものだけが規格ではない。材質・硬度・純度といった要素も工業製品の品質です。

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