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古文書より江戸時代の貨幣について質問です。

two********さん

2018/7/1322:47:54

古文書より江戸時代の貨幣について質問です。

山形屋旅籠壱人前ニ付
金弐匁七分
別ニ 同五分 昼飯代
〆金三匁弐分 但金壱両六拾目相場

とありますが、1匁とか1分などの貨幣があったのでしょうか
貫、匁は銀貨だと思うのですが、江戸では銀貨が流通していたのでしょうか
ちなみに旅籠に泊った人たちは九州の人たちです。

銀貨,貨幣,江戸時代,山形屋旅籠壱人前ニ,古文書,豆板銀,銭形平次

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for********さん

2018/7/1406:23:03

江戸時代の貨幣制度は、
金1両=4分(ぶ)=16朱、
銀1匁=10(ふん)
銭1貫文=1000文
の3つの単位系で、これらは
金1両=銀およそ60匁=銭およそ6000文
くらいで、相場で変動していました。まるで一つの国の中に円とドルとユーロがあるようなものでした。
「分」の文字は、金のときは「ぶ」と読み、銀のときは「ふん」と読みますが、まったく異なる単位です。
ところで画像の文章ですが、「金2匁7分」とあるのは、「銀2匁7分」のことだと思います。書き間違いなのか、故意にこのような表現をしたのかは分かりません。
2人の宿賃が銀2匁7分、昼食代が銀5分というのは、極めて普通の値段です。
具体的な貨幣は、下のサイトが参考になります。
http://sirakawa.b.la9.jp/Coin/J055.htm

質問した人からのコメント

2018/7/14 22:27:42

有難うございました。
他の皆様有難うございました。

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lon********さん

2018/7/1411:15:01

これはですね、九州からやってきた旅人が
分かりやすいように支払金額を銀に換算して
書いているのです。ですから、
そこには金と銀の交換相場が書いてあるのです。

金一両が銀60匁ですから、このときの銭相場が
金一両4000文としますと銀1匁は銭67文。
銀2匁7分は180文、銀5分は33文
合計銀3匁2分は213文になります。

このとき旅人が銭で支払ったのか
豆板銀で支払いお釣りを銭でもらったのかは
分かりません。江戸のことですから請求金額は
銭だったと思います。

江戸の金遣い上方の銀遣いというのは
その傾向が強いというだけで江戸であっても
丁銀や豆板銀は通用しました。天保を過ぎると
大坂でも小判や一分銀が多く使われています。

当時1匁とか1分と言う
一定重量の銀貨はありません。
偶然できたサイズの豆板銀、小粒銀を
切ったり削ったりすることなく
そのまま使いますから
ピッタリの支払いにはならないのです。

金、銀、銭の両替相場を使って換算し
お釣りは銭で支払われます。
この計算は実はものすごく煩雑です。

銀にしたって文政銀、天保銀、安政銀
本来は銀の含有量によって相場が違うのです。
あくまでも本来はですよ。

とはいえ江戸時代のひとは 結構大まかで
あまり細かいことは気にせず適当に
支払っていたみたいです。

それでも煩雑なことは間違いありません。
江戸時代に読み書き算盤と言いますが
算盤が使えないと生活に支障が出るほど
だったのです。

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yuh********さん

2018/7/1402:12:16

徳川幕府の決めた1両を基にした貨幣制度では、1両は4分、1分は4朱、1朱は銅銭で250文(枚)としましたので、時代劇で有名な1両小判は、銭形平次の投げる銅銭(1文銭)4,000枚相当と決められていましたね。

ところが、関東地方の金(小判などですね)とは違い、関西(西日本)では「銀」を重宝して使用しました。
長い塊をイモアメのように潰して刻印した「丁銀」、豆粒のように丸めたのを、転がらないように潰した「豆板(まめいた)」などですね。これらは、小判などのように、ハナから価値を幕府や甲州の武田家のように決めて固定したものでは無くて、1匁(もんめ)=3.75gとして、その流通当時の銀の価格に応じて取り引きされました。その最たる交換所が「銀座」などの地名として残っていますね。

我が国では、ヨーロッパ各国よりも金が豊富に算出したので、あまり銀には価値を持たせなかったのですが、世界の歴史の中で「銀貨」が有用な貨幣であったのは、変わりありません。
ご質問にある「5分」や「7分」というのは、おそらく1匁の「5分」といった意味であり、徳川幕府の用いた、うえに上げた1両は4分という際の分では無いと思われます。
銀貨の場合いには、細かい金額はどうしたかというと、元の丁銀や豆板などを重さを測ったうえで、削ったり切り取ったりして使用したのですね。

ven********さん

2018/7/1401:50:46

匁は量目と云うか重さと質量の単位で
分は貨幣の単位で1/4両です
つまりその文章は分の部分は一分金の枚数で払い、
残りを砂金か金塊で払ったのでしょう

匁は変動相場なのでそこからはよく読み解けませんが
昼飯だけで五分とか相当高額なので
本当に一人前の料金なのか怪しいですね
実は十人前と言われても驚きません
年代によってかなり違いますが
一両=米一俵くらいで蕎麦なら500枚ぐらいですよ
金は代金の意味ぐらいで小判じゃなくて一分銀と銀匁じゃないかな?

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