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東洋史の試験で、魏志倭人伝にみえる3世紀の倭人社会は、歴史的発展段階としてはど...

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ID非公開さん

2018/7/2618:48:03

東洋史の試験で、魏志倭人伝にみえる3世紀の倭人社会は、歴史的発展段階としてはどのように位置づけられるべきと思うか、根拠をあげつつ論じなさい。という問題が出るのですが全く分かりません。どなたかわかる方教

えてください。

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sch********さん

2018/7/2812:54:40

発展段階とは経済発展段階説または社会発展段階説に基づいたことを話されていると思いますが、おそらく試験の意図は経済発展段階説のことを指していると思います。

経済発展段階説とは19世紀のドイツ経済学を中心にして始まったもので、世界各国は生産体制は基本的に段階的に発展することにより国が発展していく学説です。
当然この時代はドイツ人がアジアやインドなど他の地域の歴史など深くわかるはずもなくあくまで欧州を中心とした経済発展と歴史的考察に基づいたものです。

これにマルクス経済学と結びついたのが唯物史観で、おおよそ原始共産社会、古代奴隷制社会、封建社会、資本主義社会、共産主義社会と発展するという考え方に基づくもので、あまりにも地域や社会規範、民族、自然環境などの事情を軽視しているため、そんな単純なものではないと批判されたりしています。

今時、歴史で発展段階と結びつけることからおそらく唯物史観に基づいた出題と思われますので、上記発展段階に当てはめると古代奴隷制が該当します。

唯物史観では財の所有状況・所有形態に基づく階級社会というものを前提としています。生産力が発展することにより、私有財産の概念が発生し、生産力の所有者と非所有者が分離しますが、古代奴隷制社会においては技術力も低い時代ですので、人に強制的に耕作等をさせる必要があり、所有者は生産力、つまり人を奴隷(財産)として所有することが前提となります。

さて3世紀の倭人社会は魏志倭人伝から伺えます。
まず生産力の状況ですが、稲やカラムシを栽培し、養蚕しているといった農業が発展していたことがわかる記述があります。また、対馬、壱岐の記述に南北に海を渡って米を購入しているというところがあり、自給自足や原始的な食料の共有分配ではなく余剰生産物による交易という財物の需給に基づく移動、蓄積等の行為があったことが伺えます。

階級社会の状況ですが、まず刺青で、これに尊卑の別があることが記載され、また、身分の高い人物は妻を4,5人、身分の低い者でも2,3人持てたとあり、ここでも尊卑の別があることがわかります。それ以外にも尊卑の別が発達していたことを示す記載があります。

もうひとつは生産力としての奴隷の存在です。これについては、罪を犯せば軽ければ妻子を没収し、重ければ一族を没収するとあり、処刑または奴隷とされたと読める一文があります。また中国に渡る際に「持衰」という役割を持つ人を船に乗せ、無事に航海が終われば財物や生口(奴隷)を与えるという一文があり、奴隷という存在が財物と同じ財産扱いであったことがわかります。

こういう状況から唯物史観に基づく発展段階説の古代奴隷制社会に当てはまるのではないかと思われる事例が多いことがわかります。ただし、本当に「発展段階説でいう古代奴隷制社会」のような主要な基本生産構成体として「奴隷」を用いる前提の社会であったかははっきりはわかりません。

ベストアンサー以外の回答

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aka********さん

2018/7/2623:23:16

古代奴隷制。身分の低い者が道端でひざまずくって書いてあるから。

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