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ボクシング連盟の山根会長に対する過剰接待が連日へ報道されています。この一連の...

aar********さん

2018/8/1111:00:03

ボクシング連盟の山根会長に対する過剰接待が連日へ報道されています。この一連の報道を視聴して考えることがありました。
昭和末期採用の経験年数33年目の現役小学校教師です。

私の勤務している県では県教育庁の地方教育事務所(以前は出張所)の学校訪問が年に1回あります。「所長訪問」・「計画訪問」のそれぞれが隔年です。以前は「所長訪問」・「指導主事合同訪問(現:計画訪問)」が年に1回ずつで訪問が年に2回ありました。
県内の教師仲間に尋ねると私の勤務する地方の受け入れ態勢が昭和の頃は「過剰接待」と言割れかねない有り様でした。来校する事務所のお歴々は必ず授業を参観るのですが、だいたい2つの時間帯ですから、当然のこととして間に休み時間が入ります。茶菓としてかなりの高級品と昼食には業かな仕出し弁当を供していました。そして学区か市町村の名産品・特産品を手土産に持たせ、更に「薄謝」の表書きで祝儀袋に入った現金を渡していました。そして挿しだ゛された側の当然のことと何の遠慮もなく受け取っていました。例えば、友人の勤務地の名産品が梨でしたので、その地区の訪問は必ず9月でした。迎える数日前には校舎内はすべてワックスをかけ綿ぼこり一つないように掃除をして、当日は運動場も含めて校舎外の地面には朝から熊手の目を立てて、児童が足跡を付けることも禁止。玄関や廊下には豪華な生花を飾り、接待にはPTA本部役員まで動員。まるで江戸時代に江戸城に勅使・院使を迎えるような騒ぎでした。
今では「薄謝」はなし、昼食も事務所からの依頼で500程度の弁当(当日支払いあり)、休憩時の茶菓もごく一般的な物にかわりました。
そこで、教師の皆さんにお尋ねします。昭和50年代~平成初期にはこのような接待は全国的なことだったのでしょうか?よろしくお願いします。

補足「学校訪問」は教育事務所の所長をはじめとする方々にとっては公務です。学校訪問は10~11月に多いので、「書き入れ時」だと嘯いていた所員もいました。

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sim********さん

2018/8/1113:06:27

典型的な官々接待ですね。

公務員倫理規定
http://www.jinji.go.jp/rinri/detail2/main.htm

薄謝は用務で出張している訳で、個人に支払えば贈収賄です。

公務員倫理規定そのものは大蔵省の官僚への過剰接待の反省からできたものです。地方自治体も同時期でしょう。

質問した人からのコメント

2018/8/11 16:41:09

やはり、そうでしたか…。官官接待ですね。書き忘れましたが、その当時は一つの市町村の小中学校への訪問がすべて済むと、市町村内の小中学校の校長・教頭・教務主任・研究主任が全員で一席設けて教育事務所のお歴々を接待していました。最近はさすがにこの習慣はなくなりました。
簡潔明瞭に教えて下さって、ありがとうございました。

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