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【 『長州藩』と『會津藩』の長期に渡る『敵對關係』に付いて 】 【 https://www....

kam********さん

2018/8/823:40:07

【 『長州藩』と『會津藩』の長期に渡る『敵對關係』に付いて 】
https://www.youtube.com/watch?v=LVmdQSaGoL4

https://www.youtube.com/watch?v=EIxIA-V2Exg
:
※『現在』でも、
『長州藩』と『會津藩』は、『敵對關係』ですか?
:
【 平成三十零年(2018年)八月八日 】
【 神奈川呉衛門 】

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ベストアンサーに選ばれた回答

edo********さん

2018/8/914:44:33

・「偽りの明治維新 会津戊辰戦争」と云う本を最近読みましたが、それを読むと会津藩士の怨念がよくわかると思います。
・因みに吉田松陰が獄中で門下生に宛てて記したと云われる『留魂録』の第八章の死生観が好きですが、この『留魂録』は、松陰が獄中で2通を作成、1通は処刑後、門下生の飯田正伯の手をへて萩の高杉・久保・久坂の元に届けられたが、これはその後門下生などが写本するうちに原本は不明になったとか。他の1通は、松陰が牢名主であった沼崎吉五郎(福島藩の家臣で冤罪により収牢)に託したもので、明治維新により江戸小伝馬町の牢獄から三宅島遠島となったが、明治新政府の赦免により落ちぶれた姿で本土に帰着。沼崎は肌身離さず持っていた、この『留魂録』を、明治維新後に神奈川県権令の職にあった野村靖(松下村塾生)に寄進したと云われ、これが原本として現存する貴重なものになっているとされています。
・私的に購読した『留魂録(講談社出版)』の著者(古川薫「山口県人」氏)が、『留魂録』を一命を賭して届けた沼崎吉五郎が厚遇されず、生き残って政府の高官にのし上がっていく「長州人の弱者に対する惻隠の情の薄さ」を嘆いていることが、印象的でしたね。【因みに自分は両方に関係無い関東人。】

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