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、日鎮上人代に建立された御影堂の横に本尊堂(本堂)があるように、新たな御影堂は...

crs********さん

2018/8/2816:01:08

、日鎮上人代に建立された御影堂の横に本尊堂(本堂)があるように、新たな御影堂は本尊堂と御影堂の要素を併せ持った意義を有するものと拝せられます。

御影堂の「棟札」によると、この建物は当初「本門戒旦本堂」との名称で造られており、その後も江戸後期に至るまで、「御影堂」「本堂」「大堂」の呼称がありました。第66世日達上人は、
「御影堂と称する所に日精上人の時代は戒壇の御本尊様を祭り、本堂と称していたわけです。つまり、これまでは本堂と御影堂が並んで建っていたのですが、日精上人の時には御影堂と本堂を一所にして今の大きな御堂を建てたのでしょう。そして戒壇の御本尊様を安置して、その前に御影様を安置せられたのでありましょう」(『大石寺諸堂宇建立と丑寅勤行』20頁)
御影堂は本堂三門を入ると正面は本堂でなく御影堂というのは合点がいかなかったのですが本堂であった、戒壇の本尊を祀られた本門戒旦堂でしたか、皆様が便の御戒壇様は生きている、という日禅授与の真筆本尊ですね。なぜ御安置の時でないのに安置したのでしょう。

補足「広宣流布の暁に大石寺が本門寺に名前が変わって、その時の本堂安置の場所が本門の戒壇になる」という教義も決して根拠のあるものでもなく、すでに江戸時代に日精によって一度「本門戒旦本堂」は大石寺に建立されていた。
、「本門戒壇大本尊」を御影堂に遷座して一般の参詣者に拝ませて、従来の内拝形式を廃止した。ということは広宣流布としたわけですね。現日蓮正宗では認められることではないようです。

御影堂,日精上人,本堂,戒壇,本門戒旦

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kao********さん

2018/8/2904:05:43

一時的に、宗内に戒壇の御本尊様の御存在を知らしむる為ではないでしょうか? 私感ですが。

一時的に、宗内に戒壇の御本尊様の御存在を知らしむる為ではないでしょうか? 私感ですが。

  • 質問者

    crs********さん

    2018/8/2910:18:47

    彼は宗祖日蓮の本意は釈迦佛造立にあるとして、現在では「日蓮大聖人の御当体」とまで崇められている「本門戒壇本尊」を軽視した形跡が伺われ、これは明らかに、派祖日興以来の富士門流の流儀に背いた「大謗法」であると言えよう。これは故RSD氏の回答です。


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