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この世界の片隅にの冒頭の人攫いのくだりがよくわかりません。あれは夢だったんで...

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ID非公開さん

2018/9/309:50:52

この世界の片隅にの冒頭の人攫いのくだりがよくわかりません。あれは夢だったんでしょうか?

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91
回答数:
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ベストアンサーに選ばれた回答

gui********さん

2018/9/314:39:02

「ぼうっとした子」と言われていた女の子、すずさんが語った…
という形で出てくる話です。
本当にあんなばけもんに遭ったのか、遭ってないのか。

初夜の場で新婦の周作さんは「あんたを覚えとる」と言った。
もっとも、「ばけもん」うんぬんは話には出ず、ただ「覚えとる」
とだけ。
実際に二人でさらわれたのかどうか、判然としないというのは
確かにそうです。

がラスト近く、二人はもう一度あのばけもんを見る。二人で。
原爆で廃墟と化した広島の、かつてバケモンにさらわれ渡った
という同じ橋の上で。
「ありがとう、この世界の片隅に、うちを見つけてくれて。
ほんでもう、離れんでずっとそばに居って下さい」
橋の上で改めてすずさんは、夫の周作さんに「プロポーズ」を
行う。夫婦なんだけど、改めて。

「顔も名前も知らない相手」に、言われるまま流されるまま嫁が
されたという状態から、やがて二人の間に愛情が、絆が育まれて
行くのが本作の縦糸。
要するに二人は、いるんだかいないんだか知らない何だやらを、
共有する間にまでなれた…という話。同じ価値観と感性を共に
抱く間柄、つまり二人が真の夫婦になった…という事かと。

二人の間には、互いに互い、過去に別の人がいたりした。戦時下、
苦しい目にも遭った。悲劇にも見舞われた。が、それらを乗り越え
て、二人は身も心も本当の夫婦になれたわけで。

と同時に、二人はそのばけもん(+その『お嫁さん』)を、目撃した
と同時に見送る。バイバイ、と。すずさんの子供の頃の想像力の
産物であるばけものたちに、この夫婦二人は別れを告げた。すずさん
の子供時代が終わり、大人の、一個の女性としてこれから生きて
行く…という暗喩だと思います。

が、しかしその直後、二人は無残な姿の広島駅前で、「我が子」
に初めて出会う。初対面の戦災孤児(アニメ映画化に際し『ヨーコ
ちゃん』と命名されています)を、すずさんは「自分の子」と直感
した。芸術家の感性で、持ち前の想像力で。
それは、すずさんは例え大人になろうが、あの豊かな感受性と
想像力とを失ってはいなかった、あれだけの目に遭わされながら
も、その人間性の奥底を保ち続けてくれていた…という表れで
しょう。

ばけもんは、そうしたすずさんの感性と想像力の象徴ではないで
しょうか。そこに、実在したかどうかなんかあまり意味は無い。
私はそう考えています。

「ぼうっとした子」と言われていた女の子、すずさんが語った…
という形で出てくる話です。...

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質問した人からのコメント

2018/9/3 17:30:31

わかりやすい回答ありがとうございました!

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

tak********さん

2018/9/309:55:52

夢ではないです。
夢ではないから旦那は覚えていて結婚したんです。

そして彼女もキャラメルを見て、あの時の事を思い出したんです。あの少年と旦那が同一人物だったて事を(╹◡╹)

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