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戦国時代の上洛って どういう意味があったんでしょうか?

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ID非公開さん

2018/9/1017:27:44

戦国時代の上洛って どういう意味があったんでしょうか?

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usa********さん

2018/9/1018:27:33

身一つや少数の人数で都に上がることも上洛と言えますが、ここでは大軍を率いて都に上ることを上洛と定義します。

上洛で重要なことは大軍を用いて畿内に静謐をもたらすことです。
畿内に静謐をもたらすことで、将軍家あるいは朝廷の庇護者であることを力をもって天下に示します。

軍を率いて都に入ってもすぐに追い出されたのでは上洛の実を伴いません。

畿内に静謐をもたらし、将軍家あるいは朝廷の庇護者としてこれらの権威から秩序を回復するように命令を受けることで、諸侯を討伐する大義名分を得ます。

討伐を受ける側も降伏するにしても、田舎大名に攻められて降伏するよりも、権威を背景にした天下静謐の執行者に降伏するほうが心理的抵抗が低い(周囲への言い訳が立ちやすい)ので、天下統一に有利になります。

面子が立ちやすいということも、意外とこの時代には重要です。
その名分を手に入れる一番有効な手段が上洛です。

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hjx********さん

2018/9/1019:48:02

いくら戦国時代とは言え、
「腹立つからあいつを殺す」
「土地を奪って贅沢してやる」
なんて理由では戦争しにくいんです。

しかし、上洛して朝廷や幕府を握ると、戦う理由や和睦する理由を創作できます。これを大義名分と言います。
実際に織田信長は、「将軍に呼ばれても来なかった朝倉を討つ」と朝倉氏を攻め、「天皇陛下が和睦せよとおっしゃったから、本願寺は織田軍を攻撃するな」と和睦しています。
敵からしても、「自分は織田信長には降伏できぬが、天皇陛下が命じられたのなら仕方が無い。自分は隠居して息子を信長に降伏させよう。」などという、最後の一押し効果は小さくありません。

幕府や朝廷を握ることは正義を握ることなんです。

hk8********さん

2018/9/1018:21:24

箔付け、自己満足

上杉謙信は上洛して無意味になった
関東管領を叙任され帰国しました。

mek********さん

2018/9/1018:07:13

朝廷・公家・幕府・京都町民に対して有力者として名乗りを挙げるという意味があります。
学校の授業で教師が黒板に問題を出して「誰か分かる者はいないか?」ということがある。その声に応えて手を挙げるのと同じです。
戦国時代は誰も手を挙げる者がいなかった時代なのです。

jaa********さん

2018/9/1017:50:19

簡単に言えば、私は将軍の御味方ですと表明することに近い。
戦乱の世の中で領国をぼったらかしにして上洛するのだから相当なことだよ。

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