ここから本文です

清張の「史観宰相論」によると西郷の征韓論は 秀吉の朝鮮出兵の時代の域を出ない...

cab********さん

2018/9/2801:51:16

清張の「史観宰相論」によると西郷の征韓論は
秀吉の朝鮮出兵の時代の域を出ない古臭さで
戦国時代が終わった武将救済のための海外派兵など
話しにならない時代錯誤な愚物と散々にこき下ろしているが

西郷ってそんなにダメなアレだったの?
確かに宰相とか呼ばれないし
呼称に困るほど特徴ないしね!?

西郷,征韓論,愚物,時代錯誤,史観宰相論,司馬遼太郎,松本清張

閲覧数:
131
回答数:
6

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

pea********さん

2018/9/2820:17:19

明治維新の成果が薩摩まで普及せず旧士族は困窮する一方。

説明できず、決起したのでしょう。

太閤の頃は、勝者が勝ち分をがっぽり受け取る時代で武士の不満はありませんでした。

社会情勢が違いますね。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

この回答は投票によってベストアンサーに選ばれました!

ベストアンサー以外の回答

1〜5件/5件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

y42********さん

2018/9/2918:02:36

他の方への返信を見て…

清張も司馬遼太郎もどっちもどっち。
あくまで『小説』は『小説』。
評論家になれても、本職の研究者ではありませんし、学者や専門家の『責任と義務』を背負ってません。
また、同世代作家だけど、得意な時代分野が違うし、
お互いが被った題材小説の出版日に差があるので、何を比べるかで、手に入ったはずの資料や生存者など、差がありすぎる。

資料収集に熱心だったのと、昭和史観(時代背景として仕方ないですが、公職追放で当時の学会&研究が、思いっきり左偏向でマルクス史観、一次資料以外、論文すら微妙)が前提で、
現代とは研究の進歩と資料に差がある。

そもそも小説のスタイル、アプローチ、ともに全く違う作家だと思います。

とりあえず、小説家の作品を、研究者や専門家の書いたものと混同するのは、やめた方がいいと思います。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

ohx********さん

2018/9/2814:33:20

松本清張の世代の作家達は、保守的に見られる人物でも、反体制的影響を受けてますので、西郷の征韓論を単純な侵略主義と受け止めてる訳です。まして、第二次世界大戦の結果、散々苦労してますし。
内容がまるで、秀吉論に聞こえるところから見て、あまり西郷の研究してないなという言う気がします。
著作に「西郷札」と言うのが、あるのでまったくではないのでしょうが。
同世代ではありますが、司馬遼太郎。
それより上の世代の海音寺潮五郎の西郷論と読み比べる事をお勧めします。
西郷像は作家の数だけあるので、これぞ決定版と言う物はありませんが、大作家と呼ばれる方々の人物像は、ひと味違います。
松本清張も大作家ではありますが、推理小説家であり、歴史小説は専門ではありません。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

ojy********さん

2018/9/2803:06:21

西郷自体は派兵は考えてなかったんじゃないかな
ただ単に死に場所もしくは最後の仕事場を見つけたみたいな感覚
もしも殺されたら、後がどうなるか全く考えていない
大久保が激怒するのも分かる

とにかく明治後の西郷はボンクラという印象さえある

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

mek********さん

2018/9/2802:35:10

愚物だなんてとんでもない。余剰人員の進路をどうするかというのは現代の文部科学省だけの問題ではありません。元々征韓論は板垣退助が唱えた論であって西郷の論ではない。西郷は板垣をなだめようとして、それなら自分が行使として朝鮮と話をつけてくるといっただけです。西郷としては、余剰人員の進路として屯田兵制度を唱えたのです。未だ未開の北海道を開墾しようというものです。どちらも西郷が参議に留まっていた時代には実現しなかったが、どこからどう論じても西郷が愚物だなどと侮辱されるいわれはないです。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

プロフィール画像

カテゴリマスター

jun********さん

2018/9/2802:16:21

読んだのが、ずいぶん昔で、本自体も保存もしてないので、
記憶頼りですが、西郷に触れているのは、大久保利通の
評伝部分だったと思います。

清張は、大久保を非常に高く評価していて、
その分、西郷に対する評価が、厳しくなっているのでしょう。
まあ、征韓論を秀吉の朝鮮出兵と同列で論じるのは、
当時の国際情勢などから見て、いささか暴論でしょう。

宰相というのは、明治維新の頃は、太政官政府において、
参議に就任した顕官の呼称で、大久保も西郷も、
参議になっているから、宰相と言えます。
やがて、太政官制度が廃止され、議院内閣制が採用されると、
内閣総理大臣が宰相と、呼ばれるようになります。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる