ここから本文です

豊臣秀吉の正室、北政所(おね)さんと前田利家の正室、芳春院(まつ)さん、どちらが武将...

yuriさん

2018/10/3004:19:51

豊臣秀吉の正室、北政所(おね)さんと前田利家の正室、芳春院(まつ)さん、どちらが武将の妻、として好きですか?又は優れていると思いますか?
豊臣秀吉と前田利家では武将として断然 秀吉の方が優

れていると思いますが、その正室、“おねさん“と“まつさん“ではどちらが武将の妻として好み、又は優れていると思いますか?
あくまでも武将の妻としてどちらでしょう?

北政所(おね)さんと芳春院(まつ)さん、どちらもあらくれていた戦国時代を夫の影で支えた戦国妻ですね。
自らの子がいないおねさんと、子をたくさん産み、前田家2代目“利長“の実母のまつさんとでは母親としては比べられませんが(比べる必要はないのだけれど…(^_^;)) 
前田家3代目の利常はまつさんと血は繋がってなく、実母は夫利家の側室,千代保(寿福院)さんですよね。そのへんはなにかおねさんと似ている感じもします。
お考えをお聞かせくださると嬉しいです。
よろしくお願いします。

閲覧数:
4,022
回答数:
5

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

プロフィール画像

カテゴリマスター

jun********さん

2018/10/3011:28:15

一般論で言えば、女性として幸福だったのは、芳春院の方でしょうね。
多くの子に恵まれ、家を繁栄させ後世に残せたという点で、
先に逝った夫に対しても、胸を張る事が出来たと思います。
その点、北政所の場合、彼女自身の責任では無いですが、
家を滅ぼす結果になってしまった点で、
忸怩たる思いがあったと思います。

当時の価値観は個人の栄華より、「お家」を末永く栄えさせる、
という事なので、いかに一代で栄耀栄華を極めても、
豊臣夫妻は幸福だったとは、言えないように思えます。

  • 質問者

    yuriさん

    2018/10/3107:05:38

    jun********さん、
    ありがとうございます。

    そうですよね~。北政所(おね)さんは自分に子供がいないことで心に葛藤があったと思います。でも、養子の子や人質の子もほんとうに可愛がり教育しましたよね。これは人間としても素晴らしいです。歴史にもしもは付き物ですが… もし、おねさんに子供がいたら…と思います…。 北政所(おね)さんは秀吉殿と一緒に戦国の世をカッコよく華麗に駆け抜けたスーパーウーマンですね。
    たくさんの子供を産んだまつさんも母親としての気苦労があったでしょう。でも、まつさんもおねさんと同様に、戦国の世を、妻、母 としてしなやかに駆け抜けた女性ですよね。サッと江戸に人質として行った彼女は、前田家の初代正室として凛としてこれもカッコいいです。

  • その他の返信(2件)を表示

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

この回答は投票によってベストアンサーに選ばれました!

このQ&Aで解決しましたか?質問する

閉じる

ベストアンサー以外の回答

1〜4件/4件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

yos********さん

2018/10/3112:06:03

武将の妻として見たら、おねさんの方が優れていたと思います。
おねさんとまつさんとでは、支えていたものの重みがかなり違うでしょう。
かたや日本の政治の最高責任者の妻、かたやその最高責任者の部下の妻ですからね。おねさんにかかるプレッシャーは相当なものがあったはずで、それをそつなくこなしていたわけですから立派です。人望もありましたしね。
その点、まつさんの方は少しは気楽な立場だったでしょうね。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

ski********さん

2018/10/3008:33:14

出世の度合からしておねねさんにかなうはずがないです。

おまつさんは従兄弟と結婚して家庭を守っただけで、普通の主婦ですよ。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

ina********さん

2018/10/3007:46:14

2男9女を産み、娘たちを諸大名に嫁がせて前田家を繁栄させた芳春院と、一人も産めなくて豊臣家を衰退させた北政所では比べものになりません。
当時は子供を産めない女性は悪であり、まして頂点に立つ者の後継ぎを産めなかった北政所は日本中を混乱させた大悪女とも言えるのです。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

peace2qazさん

2018/10/3004:29:42

有名な信長の書状です。

>おねの来訪を喜び、土産物の礼を述べたあと、おねの美貌が前回対面した時よりも勝っていると褒め、秀吉がたびたび女房への不満をもらすとは言語道断である。どこを捜してもあなたほどの妻を迎えるのは、かの「はげねすミ(禿鼠=秀吉のこと)」には難しかろう。あなたもこれからは朗らかな気持ちで、妻らしく重々しく振る舞って嫉妬を起こさないように、言いたいことも少々我慢するほうがよい。なお秀吉にもこの文面を見せるように

太閤薨去の後も、黒田・福島・加藤らと気脈を通じていたそうです。

おねに比肩する女性は日本史の中でもそういないのではないでしょうか。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる