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【創造論の三段論法】 子供の頃、僕は、進化論者であり、無神論者だったのです...

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ID非公開さん

2018/11/700:13:00

【創造論の三段論法】

子供の頃、僕は、進化論者であり、無神論者だったのですか、宇宙や人体、自然に関して学習を進めるに当たり、どうしても創造論に行き着いてしまい、現在は創造論者です




創造論を簡単な三段論法で説明すると…
①システム・形式・秩序・設計は、意志によって構築されている。
②人体は、システム・形式・秩序・設計によって構築されている。
③故に人体は意志によって構築されている。

尚、生命が偶然に無から発生する確率は0で、積み重なった竜巻に巻き上げられた鉄屑によって、飛行機が作りあげられるくらい難しいそうです。

以上、反論・肯定をお寄せ下さい。

補足ご回答、ありがとうございます。
勿論、創造論者としてのロジックが完璧だとは思ってませんし、よく考えれば矛盾していてループしてる所も見受けられるとは思います。
そもそも、無神論者の方の創造者(神)の認識が、過去を遡れば生誕した事がある…と、いう所から創造論者との埋められない隔たりがあるのだと考えます。
例えば、「時間」は、いつか産まれた時間があり、その前の時間は…?という事を言われてるのと同じなんです。
つまり、創造論者の言う創造者(神)は、「時間」と同じ様に生誕も死亡も無いのです。
無神論者・進化論者は、人を基準に創造者(神)をいつか産まれて、いつか死ぬ者と同一視してる様ですが、生誕・死亡は、時間と創造者(神)にはあり得ません!

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cla********さん

2018/11/707:02:07

創造論における創造主もまた「秩序だったシステム」に相当するので、その三段論法を採用するなら「創造主を創造した上位の創造主」が必要になります。
上位の創造主もまた「秩序だったシステム」であるのでまた①~③を繰り返し、さらに~、と三段論法を無限に繰り返し、無限後退となって破綻します。
「生物を創造した存在を創造した存在を創造した存在を~(以下無限に続く)」が必要になってしまうということです。
その破綻を解消するには「創造主は存在しない」あるいは「三段論法の前提が間違っている」のどちらかが必要です。

つまり、創造主が存在することを前提とするのなら、創造主という秩序だったシステムが上位創造主の存在無しで自然に存在できているということになります。

創造主は生物を創造できるのだから、もちろん原始生物よりもはるかに複雑な存在で、複雑だからこそ自然発生or自然存在することは生物よりも低確率です。
つまり、「複雑なものは自然発生しにくい」という確率論で言うのなら、創造によって生命が誕生するよりも、生命が自然発生したほうが確率的によほどありえることになりますし、「自然発生は確率的にありえない」となれば、「創造主が存在することは確率的にさらにありえない」となります。

進化や生命の自然発生でよく使われる「竜巻に巻き上げられた鉄屑によって、飛行機が作りあげられるくらい難しい」っていう説明には続きがあって、「では生命の自然発生は確率的にありえない」で結論されるのではなく、「だから竜巻と飛行機のたとえだけでは説明できないから、それ以外の何かが説明に必要だ」というふうに続きます。
単なる偶然による分子の衝突以外の説明要素として、自然選択や自己組織化といった自然現象の存在があるから、進化や生命の自然発生は否定派の言うような「単なる偶然の連続」ではないのです。
そのあたりドーキンスの「盲目の時計職人」なんかでも説明されているので興味あったら読んでみたらいいです。

蛇足ですけど、進化論は生命の起源について述べるものではないので、「生物が創造されたかどうか」と「生物は進化するかどうか」は無関係です。

  • cla********さん

    2018/11/712:30:17

    >補足

    それについてはすでに「自然存在」と述べています。
    創造者によらず生命が自然発生するシステムそれ自体が、死亡も生誕もなく、宇宙とともに存在し続けている可能性のほうが、創造論よりも合理的です。
    汎神論的な考え方です。

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質問した人からのコメント

2018/11/11 14:13:22

昆虫でも、今のパソコンの何千倍もの能力があるようです。また、ヒトは、自動車の何万倍・何億倍の能力があるとしたなら、ヒトが意思の無い偶然や自然によって出来る訳がありません。猿人の様な中間生物が現存しないのも進化論の破綻している証拠です。有史以来、優秀な科学者が無数に出現しているにも関わらず、生命を宿したぺんぺん草一輪創る事が出来ないではありませんか!ましてや、意思の無い偶然や自然に創れる訳がない!

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dra********さん

2018/11/822:00:08

ダメ。

「宇宙は神がつくった。だから人間も神がつくった」

ひらたくいえばこういってんだけど、
結局①が何の論拠もない、「宗教にかぶれたぼくはこう思う」
が「揺るがぬ前提」になってそこから論理展開すんだから、ダメでしょ。

「刑事、犯人は誰だと思いますか? 佐藤ですか、鈴木ですか」
「犯人は神だ」
「??? その神? は、どこにいるんです? どうやったんです?」
「人間には見えない場所だ。どうやったのかはしらん」
「そ、それでなぜ神だ、と?」
「①やったのは神だからだ ②神はなんでもできるからだ。③鈴木や佐藤にできないこともできるのでそれは神なら可能だからだ」
「????」

信者以外には通用しない理屈なんで、
質問者さんが信者でないものに置き換えてみると

「宇宙はプープーが合体してできた。だから人間はプープーのうんちだ」

っていってんのと論理上同じ。

さて、神がいるのがもう絶対で、そこからしか物事を考えられないってんでも、
その場合、生物史34億年とかはどうなるのでしょう。

いきなり、消えてなくなるの?
「神はいます。はい、おしま~い。生物史34億年はしりません。人間は神がつくった。あとのことは、ど、う、で、も、い、い」
なんだよね?
だって、そうしないと
「システムは神がつくった。生物はより単純なのものから現代の生物へと変遷し、分岐し、進化していった」
になっちゃうものね。
「システムは神がつくった。はい、それ以外はもう見ないで! でね、だから、人間も神がつくったことになるの! だから科学は間違っているの。間違っているから生物史は存在しないの」
的に進んでいくんだよね?

だめでしょ、そんなの理屈でも理論でもなんでもない。

「刑事、佐藤の指紋がついたナイフが現場にあります。それから佐藤のアリバイがとれません。それから佐藤の両親が、佐藤の日記をもってきたのですが、かなり異常な内容です」
「佐藤にはできんよ。犯人は神だ。理由1、神がやったからだ。理由2 理由1により神がやったからだ 理由3、理由1と理由2を考えると神がやったのだ」
「ナイフとかは」
「俺の理論以外が正しいのでそれ以外は全部間違っている、そのナイフもな」

なんでしょ。それで少しでも客観的に事実を考察できると思う?
僕は思わない。

foo********さん

2018/11/800:40:51

こう申しては些か礼を失するかも知れませんが、
ご提示の論述は三段論法としては重大な齟齬をきたしている様ですねぃ
注意深く読めば論点先取の循環論になっているのに気づかれるのではないでしょうかねぃ

>①システム・形式・秩序・設計は、意志によって構築されている。

試しにこの第1段の対偶を取ってみれば気付かれるかと思いますが
この命題が正しいのであれば必然的に対偶も正しくなければなりません
しかしながらその正しさはどのように担保されるのでしょう?
形式や設計といった明らかに作為によって成立する「構造」と
秩序という「状態」が同列に扱われているために、
この命題は十分に正しいものとして成立していないとヤツガレには見えますがねぃ

例えば①を
「あらゆるシステム・形式とそこに存在する秩序は、意志によって為された設計のもとに構築されている“ならば”」
という“仮定”と位置づければ、②以降も問題なく成立することになるでしょう.
ですがこれでは大前提が仮定に止まっていますから、
根本の仮定の正しさが証明されない限り論理的にはさしたる意味を持ちませんねぃ

そして化学進化に関する考察は、
まさに生命活動というシステムが成立するにあたってなんらの意思も必要としないのではないか
というアプローチであるわけで、
その意味で質問者さんの論理展開の最初の部分については答えが出ていないわけなんですよねぃ

>無神論者・進化論者は、人を基準に創造者(神)をいつか産まれて、いつか死ぬ者と同一視してる様ですが、

まあ無神論者はそもそも神の存在を想定しないのですから、
当然産まれも死にもしない(なので存在しない)と考えてると思いますがねぃ
進化論者は創造者なり神なりが存在していようがいまいが関係ない、というスタンスだとヤッガレは思ってますけどねぃ.
少なくともヤツガレとしてはその立場ですので
創造者なり神の存在を全否定するものではありませんねぃ
ただひとついえるのは
創造主が存在して生命を創造し進化のシステムを設えたのだとしても、
それは現在のような生物相を設計し意図してヒトを産み出したものではなかっただろうし、
所謂基督教の創造論者が主張するように
聖書の創世記が述べるとおりにそれぞれの動物を個別に創造し、
最後に塵から(無から)人間を創造して他の動物を支配させた、
というのは流石に事実とは整合しないだろう、というものですけれどねぃ

fin********さん

2018/11/714:46:34

質問者さんが挙げられている①〜③の三段論法は「人体」に関するもののようですが、それだけですと、とりあえずは「ホモ・サピエンスは意志的に設計された存在である」ということにしかつながらないように思います。

我々自身、生命そのものの設計・創造はともかくとしても、細菌などの「意志的な再設計・機能付与」はある程度行える段階に達しているわけですから、「ある特定の動物種が設計や品種改良の産物である」という推定から、それを生物種全般に敷衍するのは、少々飛躍し過ぎなのではないですか。

それと、どんな創造論者といえども、生命が「無から発生した」などとは言っていないと思います。
フレッド・ホイルにしても「廃材置き場」と「竜巻」の存在は前提にして例え話をしているのであって「無から」などではない。『創世記』ですら

>汝は面に汗して食物を食ひ終に土に歸らん其は其中より汝は取れたればなり汝は塵なれば塵に皈るべきなり

つまり神は人を「土(塵)から造った」のであって、「無から」ではないことを明示している。

化学進化論が扱うのも、無ではなく、原初の地球に存在したと思われる物質(「土」や「塵」)やエネルギー形態(神であれなんであれ一種の「力」)から、生命システムが発生していく過程の解明です。
仮に意志を持つ(生命の)創造主がいたならいたで、その際の材料や方法について究明する、という課題は依然として残ります。「神」という概念を、作業仮説としてではなく、作業停止の言い訳として使うのはいただけません。

「無」というような言葉を使ってしまうことで、生物進化論や生命発生論という次元の問題が、銀河系を含む宇宙そのものの誕生という、本来まったく異なるレベルの話とごっちゃになってしまうのではないですか。

そもそも一般的な創造論においても、また世界の様々な神話においても、宇宙の創造と人間の創造は別の話です。多神教神話の場合、異なる「神」がそれぞれに関わっていることの方が普通じゃないですかね。

pen********さん

2018/11/708:50:51

論より証拠です。

あなたがどう考えていようと、結果はかわらないのです。

現実をよく観察して下さい。

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fvo********さん

2018/11/700:39:40

①が証明できるのなら創造論は正しいと思います。
ただ、私は進化論と創造論を互いに否定するものとは思いません。進化論もシステムですから、そのシステムを構築させる物理法則(数が多い方が確率が高い、だとか大きい、小さいの概念とかそういった非常に根本的なもの)を何者かがデザインしたと考えるのであれば、両者は支え合う理論となります。

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