マリー・アントワネットは悲劇の王妃? 良くマリー・アントワネットは悲劇の王妃と言われていますが彼女は本当に悲劇の王妃なのでしょうか? 私はそうとは思わないのですが…。 国民の金を犠

マリー・アントワネットは悲劇の王妃? 良くマリー・アントワネットは悲劇の王妃と言われていますが彼女は本当に悲劇の王妃なのでしょうか? 私はそうとは思わないのですが…。 国民の金を犠 牲にして自分の娯楽に金を使い、挙げ句の果てにフェルゼンと浮気(?)をして、もし私が国民だったら憎んで当然だと思うんですが…。 実際はどうなんでしょうか。他の解釈があったら教えて下さい!(でもベルサイユのばらは大好きです^^;)

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ベストアンサー

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噂じゃなく事実として たった14歳で 言語も習慣も違う国に輿入れし 世継ぎを産むことを期待されているのに 肝心の夫は機能不全の役立たずで 周りの期待に添えず その責任を自身の所為と決め付けられ中傷の的に・・・ って部分だけでも十分「悲劇」だと思います。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございました。色々知識不足な所もあったのでためになりました。

お礼日時:2018/12/7 15:58

その他の回答(5件)

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どうなんでしょうね。当時の王族だったら生活は華美な方だと思いますし、そんなものじゃないかと。 むしろ、フランスはヨーロッパで行われた7年戦争で戦いながら、同時に北アメリカ大陸とカリブ海とインドなどでイギリスと激しく戦争し(初の世界大戦とも呼ばれる)、莫大な出費を強いられながら、各地の広大な植民地を失いました。更に、アメリカ独立戦争で十三植民地側を支援し、海軍もおくりましたが、財政難に陥り、貴族へ税金をかけることで補おうとしました。 この長年の戦争による財政難がフランス革命の原因となったもので、国民の金を犠牲にしたのは王妃であるマリー・アントワネットのせいとは言えないと思われます。王族とはいえ個人の贅沢で国を傾けられるものでもなく、当時一般に存在した王族の贅沢をやり玉に挙げられただけではないかと推測します。 つまり、同じくらい贅沢していたものは多数いたかもしれず、たまたま王家の政治がマズくて革命が起こって巻き込まれたという側面は否めないでしょう。

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赤字夫人ともいわれますが 実際はフランスの財政の半分は借金の利払いでした 王室関係予算は全体の7パーセント アントワネットが使い込んだのはそのさらに一部です 少なくともアントワネットのせいで財政が傾いたというのは誇張表現ですね しかし 革命戦争ではフランス軍の情報をオーストリアにリークしていたりと、売国行為、と呼ばれることをしていたのも事実だったりします ただしそれが発覚したのは処刑後 つまり処刑の理由ではないんですけどね

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あなたが言われていることは,フランス革命後の独裁者(ロベスピエール,ジャコバン派)がマリー・アントワネットを死刑にするために,罪状としてあげたことです。 ロベスピエールの失脚後,この罪状のほとんどが冤罪であったとして,名誉回復がなされています。 どちらの判断が正しいかは難しいところですが,少なくとも,あなたのようにジャコバン派の言い分を素直に事実として受け止めるのは,どうかと思います。

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>国民の金を犠牲にして自分の娯楽に金を使い 首飾り事件などの尾ひれがあったようです。 もともとマリー・アントワネットはフランスの宿敵、オーストリアのハプスブルク出身(マリア・テレジアの末娘)だったので国民に不人気でした。 加えて、末っ子特有のわがままな性格も手伝って「生意気なドイツ娘」という悪評が国民にもともとあったのです。 国庫の金を空っぽにしたのはマリー・アントワネットの贅沢が原因だと国民は考え、その具体的な証拠に首飾り事件がありました。 >フェルゼンと浮気 これは作り話のようです。 フェルセンが国王一家の逃亡を手筈するなど身を呈して行動したことから、王妃と唯ならない関係にあったと邪推されていました。 当時からマリー・アントワネットが不倫をしている破廉恥な王妃とされたのは、やはり「生意気なドイツ娘」という負の国民感情が手伝ったものといいます。 余談として、ナポレオンがフェルセンに「本当に王妃と関係あったの?」と聞きただしたことがあるそうです。 もちろん、イエスでもノーでもなく、無言だったので、いいように解釈されたと伝えられています。 フランスではとにかくマリー・アントワネット悪玉論が強かったので、それは本当なのか? という歴史学者が少なからずいて、そうゆう別の切り口のアントワネット像を参考にマンガ化したのが『ベルばら』です。 主人公は架空の人物オスカルですけれどね。

マリー・アントワネットがフランス国民に嫌われていたことを示すエピソードが処刑の時だといいます。 元王妃にも関わらず、処刑時には粗末な荷車にさらし者のようにして乗せられ、ギロチンで首が落ちた時には、拍手喝采が起きたと言います。 国王ルイ16世の処刑の時はそのようなことはなく、国王処刑に賛成した者たちもおごそかな雰囲気だったといいます。 ルイ16世は愚鈍でしたが、人が良い国王であったため国民も心底憎むことができず、その分の怒りや憎しみをマリー・アントワネットが一気に引き受ける結果になったのでしょう。 そうゆう意味では、悲劇の王妃なのかも知れません。

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彼女は革命と同居した 悲劇の女王だったと言う意味に置いては そうだったのでしょうね 時代の変革期の権力者は悲劇の中で描かれる事がままあるよ