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日本刀は美術品ですけど、昔は鑑賞用と実戦用の両方を作っていたのでしょうかね?

yma********さん

2019/1/1021:23:40

日本刀は美術品ですけど、昔は鑑賞用と実戦用の両方を作っていたのでしょうかね?

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coi********さん

2019/1/1316:44:39

鍛冶屋です。刀はあくまでも武器ですが道具にも美術性を持たせるのが日本人の価値観です。西洋の鎧は単なる機能でしかありませんが日本の甲冑は道具でもあり、美術品でもあり、武将の見栄でもあり、死に装束でもありました。
刀も武器として作りますが、魂を込めて作った刀には持ち主を守る力があると信じられているので、ハモンや地金に美術性を持たせたわけです。
源氏物語絵巻で光が刀を鑑賞している画面があります。
上級武士の注文品と雑兵用の量産品は手間のかけかたと出荷基準は違いますが基本的な作り方は同じです。
スパーの1000円メロンと千疋屋の3万円メロンの違いですね

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nog********さん

2019/1/1515:58:13

戦国までは戦闘用でした
戦争が無くなって鑑賞としての価値が出てきた

司馬遼太郎さんに言わせると
技術開発力が芸術側に変わったそうです

あ、戦国期だと褒賞としての価値もあるから
鑑賞用も出てきたのかな?

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n37********さん

2019/1/1407:57:00

>鑑賞用と実戦用の両方を作っていた・・・と私は思います。
神話に天皇の宝物に三種の神器があり、
そのひとつが草薙剣です。
自然科学が未熟であった時代では、
天皇や族長などに
人間の能力を超える霊力を求めたと思います。
宝剣を持つ者は霊力を持っている・・・
そのように信じ、
エピソードにより剣に霊力が付加され、
神事には刀が必須であったはずです。

金属学の知識がなかった人々は、
波紋が鋼の変態によるものであることが理解できず、
霊力に見えたかもしれません。
拵えも絢爛豪華で、
新撰組の組員が持っていた物とは違うと思います。
ですから、
人々に見せて、威厳をアピールするための刀と
武器としての刀は
別々につくられたはず、と思います。

man********さん

2019/1/1312:32:57

江戸時代も 戦国の経験者が没するにつれ 刀の需要が低下して 新しい刀が売れなくなり 身幅の細い軽い物が作られたり 拳骨丁子 富士見西行等のド派手な刃文を焼くために身幅を広くした 手持ちバランスの悪い物が作られました。
大阪新刀に属している物には 実用的に?が多いと謂われてます。

2019/1/1100:30:18

いえ、実戦用の中から鑑賞に値するものを選び鑑賞していました。

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