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しかし、現在使われている日本語(この文章もそうです)は、極めて人為的に「開発...

pho********さん

2019/1/2701:54:17

しかし、現在使われている日本語(この文章もそうです)は、極めて人為的に「開発」されたものです。

明治維新後、国民国家を急いで建設するため、言語学者や小説家、ジャーナリストなどが編み出し、学校やメディアを通じて広めたものなのです。

その事実は、明治から大正にかけて新聞に掲載された記事と、同じ紙面に連載された連載小説の変遷をたどるとよく分かります。今回は朝日新聞を例に、現在の日本語が形作られていった過程を振り返ってみましょう。

朝日新聞が大阪で創刊されたのは1879(明治12)年1月25日のことです。当時の新聞は漢文調でエリート向けの「大(おお)新聞」と、漢字にルビを振って読みやすくした大衆向けの「小(こ)新聞」に分かれていました。朝日は後者に属します。

創刊号を見ると、現在の新聞とまるで違っていたことが分かります。1面に載ったストレートニュース(雑報)はこんな感じです。

○大和国(やまとのくに)奈良東大寺(ならとうだいじ)の博物館(はくぶつくわん)は例(れい)の通(どう)り来(きた)る三月中旬(なかごろ)より開場になり本年(ことし)は該地(そのち)正蔵院(せいぞうゐん)の宝蔵(ほうぞう)を開(ひら)かれ珍器出品(ちんきしゆつぴん)なるに付(つき)当今御調(とうこんおしらべ)べ中(ちう)なりと (カッコはふりがな。表記を一部現代風に変えた。以下同)

現在は毎年秋に開かれている「正倉院展」に関する記事だと分かります。興味深いのは見出しが付いていないことです。記事の内容を一目で確認できる「見出し」という概念が、当時はまだ一般的ではなかったのです。ないと言えば句読点もありません。古文のように1文が長いので、現代人には読みにくく感じます。それでも当時の庶民は、江戸時代の戯作などと比べ読みやすいと感じたことでしょう。

一般市民が使いこなせる表記法や文体が求められる中、話し言葉と書き言葉を近づけようという言文一致運動が始まります。その嚆矢とされるのが、1887(明治20)年に発表された二葉亭四迷の「浮雲」です。しかし、会話文は「言文一致」で読みやすいものの、それ以外の「地の文」はまだ新聞記事の文体とあまり変わりません。

<会話文>
「イヤあれは指図じやアない、注意サ」
「フム乙う山口を弁護するネ、やつぱり同病相憐むのか、アハアハアハ」

<地の文>
千早振る神無月ももはや跡二日の余波となツた二十八日の午後三時頃に、神田見附の内より、塗渡蟻あり、散る蜘蛛の子とうようよぞよぞよ沸出て来るのは、孰れも顋を気にし給方々。

この翌年、東京朝日新聞が創刊されました。日露戦争が近づく中、ロシア語ができた二葉亭四迷は1904(明治37年)に大阪朝日に入り、後に東京朝日に移籍します。そうした中、1907(明治40)年に鳴り物入りで入社したのが、すでに売れっ子作家になっていた夏目漱石でした。

漱石の連載第1作「虞美人草」はこんな風に始まります。

「随分遠いね。元来どこから登るのだ」
と一人が手巾(ハンケチ)で額を拭きながら立ち留まつた。

ほぼ、現代小説の文体になっています。「吾輩は猫である」(1905年)や「坊っちゃん」(1906年)の執筆を通じ、漱石流言文一致体の原型はできていたと言えるでしょう。ただ、地の文を読むと、ところどころ新聞の雑報に近い文体が残っています。

反を打つた中折れの茶の廂の下から、深き眉を動かしながら、見上げる頭の上には、微茫なる春の空の、底までも藍を漂わして、吹けば揺くかと怪しまるるほど柔らかき中に屹然として、どうする気かと云わぬばかりに叡山が聳えてゐる。

漢文表現なども駆使して「凝った」結果のようにも見えますが、もしかすると新聞連載ということで、あえて記事風の文体を取り入れたのかもしれません。しかし、結果として現代人にはやや読みづらい文章になっています。

実はこの小説の次に連載されたのが、二葉亭四迷の「平凡」でした。冒頭はこんな風に始まります。

私は今年三十九になる。人世(じんせい)五十が通相場なら、まだ今日明日穴へ入らうとも思わぬが、しかし未来は長いやうでも短いものだ。過去(すぎさ)つて了(しま)へば実に呆気ない。

漢字や仮名遣いを除けば、ほぼ現代の私小説の文体だと言っていいでしょう。当時の新聞読者がどう感じたかは分かりませんが、細かい心理描写が可能な独白調の文体は新鮮だったに違いありません。

この作品に触発されたのか、続けて連載された漱石の「三四郎」は「虞美人草」と比べ明らかに洗練されています。





<「三四郎」の連載第1回が載った明治41年9月1日付の東京朝日新聞(コピー)>

うとうととして目がさめると女はいつのまにか、隣のじいさんと話を始めてゐる。このじいさんはたしかに前の前の駅から乗つたいなか者である。発車まぎわに頓狂な声を出して駆け込んで来て、いきなり肌をぬいだと思つたら背中にお灸のあとが一

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