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新日本プロレス1985年1月25日徳山市民体育館。アントニオ猪木対アブドーラザブッチ...

ohh********さん

2019/2/806:30:10

新日本プロレス1985年1月25日徳山市民体育館。アントニオ猪木対アブドーラザブッチャーの3年振り2回目の対戦が実現しました。3年半前鳴り物入りで全日から引き抜きで新日本移籍するもIWGPに

もMSGタッグリーグ戦にも参戦せずに不完全燃焼のままこの日を迎えました。試合は猪木が木村健吾の稲妻レッグラリアットのような技であっさりフォール。決着は着くも初対決のような消化不良の物でした。ワンモアタイムプリーズとブッチャーが悲しげにアピールするも新日本はブッチャーをもう呼ばなくなり、ダブルクロスに怒っていた馬場も全日本に呼ばず。ブッチャーは全日本
87世界最強タッグリーグ戦参戦までほぼ3年日本マットから干されました。新日本での3年半は自身のキャリア最後の黄金時代総決算になるはずが徒労の時間だったとも言えます。
質問は、しかしながらまだ観客動員力のあったブッチャー。もしもこの時期に全日本プロレスからブルーザーブローディの新日本移籍が決まっていなければブッチャーを使い続けていたでしょうか?85IWGP参戦させてアンドレと対戦させたり、ジャイアントキマラとのタッグでIWGPタッグリーグ戦に参戦させる等見られたのでしょうか?良かったら回答よろしくお願いします!

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ベストアンサーに選ばれた回答

zwp********さん

2019/2/812:48:36

恐らく、特に集客力のあるレスラーの参加をさせられない場合はまだ参加させると思われます。
アンドレと戦わせるとしたら、誰か集客力のあるレスラーの参加が出来そうなら、戦わせると思いますね。
勿論、戦えば、アンドレが勝つでしょう。
そうなるとブッチャーの価値はいくらか落ちますね。
とどめに猪木と戦い、猪木が勝てば、もう用済みでブッチャーはお払い箱となるでしょうね。

その時の状況次第と思われます。

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質問した人からのコメント

2019/2/9 00:02:04

ブッチャーの話から高田やブラックタイガーまで話が広がりました。11件もプロレストークが楽しめました
。新日本に乗り込んで来た時のブッチャー。期待感半端なかったなあ~
あの一瞬だけのために引き抜いたと今となっては思えますね。皆さん、回答どうも有り難うございました!

ベストアンサー以外の回答

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zon********さん

2019/2/823:52:51

色んな意見があるが、誰も言ってないのが一つ

この頃からブッチャーを紹介した梶原一騎が猪木を恐喝してたってのも原因かと

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sai********さん

2019/2/819:28:50

あの~それですが、お客うんぬんの話ではなく、ただ単に、猪木さんが闘いにくかったから、ブッチャーを呼ばなくなったんだと思いますが…。

あの時代の新日本で、シングルで、猪木さんがピンホール負けする事は、出来なかったと思います。

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スコールさん

2019/2/819:03:08

ブロディを新日本が引き抜かなくてもブッチャーをもう新日本は使わなかったのではと思います。

当時の新日本やブッチャーの置かれた立場や扱いから考えると、新日本から見ればブッチャーはもう賞味期限切れ、ブッチャーは用済みだと判断したんでしょう。

IWGP構想に参戦するという大義名分を引っさげて新日本に登場したブッチャーでしたが、IWGPにはエントリーされず、猪木とのシングルマッチも内容は凡戦でたったの2回でした。

ブッチャーは地方では集客力があると、新間さんなどは認めていたようですが、自分が当時住んでいた地方の大会にも新日本参戦時代のブッチャーが来ましたが、ブッチャー見たらに来ている観客は殆どいなかったように感じました。
観客のお目当ての外国人レスラーは、ハルクホーガンなどだったような湧き方でした。

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hirokeさん

2019/2/812:39:40

おそらく、使っていないと思われます。

ブッチャーのプロレスラーとしての能力の劣化が思った以上に早く、ブッチャー自身も長い試合はしたくないせいか、ゴングがなったらすぐに場外乱闘に持ち込み、両者リングアウトか反則負けを狙うような試合ばかりをしてました。

当時の田中リングアナも
「リングで戦っている時間より、場外で暴れている時間の方が長い一流レスラー」
と酷評しており、新日本プロレス内でのブッチャーの評価は相当低かった様です。

また、徳島での試合内容から、ブッチャーの新日本離脱→他団体流出は決まっていたと思います。
猪木が、もう新日本に上がらないブッチャーを徹底的に痛めつけて倒すことで、ブッチャーの商品価値を下げ、自分の価値をあげる。
これはクラッシャー・バンバン・ビガロがWWF転出が決まったときも、ラッシャー木村が全日本転出が決まったときも、同様の対応をしています。

ミスター高橋が著書の中で
「流血は新日本のスタイルに合わないからやめてくれ、と言っても、いつも勝手に流血してた。」
と述べていることからも
「会社の方針に従わない、使いにくいやつ」
というイメージもあったと思います。

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muf********さん

2019/2/812:16:16

猪木が好まないスタイルだったみたいですね。

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