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大日本帝国海軍は、工業製品としての仕上がりの質が、アメリカ製のものよりだいぶ...

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ID非公開さん

2019/2/916:31:01

大日本帝国海軍は、工業製品としての仕上がりの質が、アメリカ製のものよりだいぶ劣っていたのは確かでしょうか?捕獲した航空機を試験した部署からは、日本の航空機なら当たり前であるオイル漏れが、アメリカ軍機で

はほとんど見られなかったし、日本では紙で覆われている被覆線が、アメリカでは樹脂でしっかり被覆されている。リベット止めや溶接の仕上がりも差が大きく、ベアリングや軸受けなどの仕上がりも、精度が二桁くらい違っていたらしい。
よく仕上がった機体の出せる性能は、アメリカに劣らないものがあったが、多くが額面性能を出せ無かったそうですが工作技術が悪いのは職人の腕が悪かったんでしょうか?

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uen********さん

2019/2/1304:11:08

日本の「職人の腕」は昔も今の世界トップ。しかし近代工業では個人の腕に頼っていては何も出来ない。日本刀にしても、腕のいい刀鍛冶が汗水たらして二週間もかけて名刀を作り上げる、、、そんな事をしていたら戦争は出来ない。

結局、残念ながら戦前・戦中の日本の技術力、生産能力、品質管理能力、標準化など、近代製造業のすべての面で米英に遅れていたのだ。これは当時の技術者や軍の技術士官が認めている。

撃墜したB-29からボルトを取り出し、それを別の機体に当てはめるとピッタリと合った、と、そう言う事が驚きだったのが当時の日本の技術レベルだった。

ある海軍造艦士官の回想録によると、軍艦製造の為に下請け会社から部品の供給を受ける。穴に突っ込むものは最初から少しだけ大きく作らせておいて、現場でそれを少し削って穴に入れる。穴そのものは設計図より少し小さく作らせて、現場で削ってサイズを少し大きくする、と。こんな事をやっていて戦争に勝てるわけがない、と書いてあった。

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pac********さん

2019/2/1206:42:13

職人の腕良くてもモノが無い。下の人も言ってるけど、アメリカは誰でもできる作業にするのは上手い。
日本は図面に問題あれば現場の職人の腕に頼る。現場で修正ができる。

今でも自動車とか腕のいらないライン作業のモノ作りもあれば、腕と頭のいる工業系の職人や宮大工などあるだろ?

mam********さん

2019/2/917:18:07

1940年代 日本帝国の工業技術は 樹脂やゴムと言った材料の素材供給や合成技術が未だ工業化と言えるレベルでは無かった。
加工用工作機械も十分な性能や供給力が無い事が原因です。

職人の技術は決して劣っている訳ではありません。
しかし、昔の映像で見るように、米国では製造ラインが機械化されて技術のない女性でも安定した品質の部品を造る事が出来る生産技術が確立していた事と、既に大量の工業資機材が規格化されて大量供給が出来ていた点が、日本と米国の決定的な違いです。

戦後、呉海軍工廠を米国の海運会社である、NBC(national-bulk-career)が10年間借り受けて、自社船建造をしていましたが(NBC呉)当時の米国から、大量の規格品を取り寄せて、次々と世界一の船を世界最速で建造する偉業を成し遂げましたが、その偉業を支えたのは、世界有数の技術を持つ元呉海軍工廠工員でした。

当時も日本の名も無き職人は世界一級の技術を持つ人達です。単にその時手がける工作物が必要とするスペックを有した材料と工作機械や工具が無かっただけです。

尚、有名な話ですが、製鉄で厚板をコンピューターで造る技術を最初に開発したのは米国WEで 開発当時 新日鉄が導入したが 全く使う事が出来なくて、新日鉄と東芝で改めて開発した訳ですが、その基本的なパラメーターの数学的予測式のベースは、厚板職人の知識で有った事は有名です。
各工程専属の作業員で構成する米国では考えられない事です。この様なパラメーターの予測式は米国では大学での技術者が作成する事ですから。※だからこそ実際には使えない。

以上、日本の職人の能力は非常に高い事で有名でしたが、今は昔の話って事ですね。

suc********さん

2019/2/917:14:00

戦争末期には勤労動員で駆り出された女学生がヒコーキ作っていました。

won********さん

2019/2/917:11:39

同じものを大量に作る工業生産能力と、安定した品質を保つ科学的品質管理で劣っていたというのが正しいです。

アメリカは航空機だけでなく、エセックス級のような航空母艦まで流れ作業で大量に作っていました。それにくらべて日本は一品一様の設計でしたから、敵うはずがなかったのです。

個々の性能でも、エンジン出力で劣っているために防弾装備をつけられないなど、よく仕上がった機体でも基本性能が劣っていました。

ipp********さん

2019/2/916:42:59

職人の腕と思ってしまう時点で大間違いです。職人の腕に頼らずに高品質なものを作れる分業化の進んだ工場設備や新人工員の教育なんかが足りなかったのが大きな原因です。アメリカの航空機工場で働いていたのは戦争が始まってから急いで集められた主婦とかですからね。日本もアメリカも第二次大戦が勃発してから急激に航空機の生産数を増やしたので、工場も今までの設備と人員では全然生産量が足りなくなりました。なので増設した工場と新人の工員で膨大な需要をまかなう必要があったんです。それに対応出来たのがアメリカで、対応しきれず品質低下が酷くなったのが日本でした。海軍だけの話ではなく陸軍も同じですよ。海軍機も陸軍機も作ってるのはだいたい同じ会社ですから。

>紙で覆われている被覆線
これはちょっと誤解されていて、日本でも紙の上から樹脂で覆っていたんですが戦後時間がたった残骸は樹脂が劣化して失われているので、それを見た戦後の人間が日本の航空機の電線は紙だけで覆われていたと勘違いしただけです。戦時中の話じゃありません。
リベット留めに関しては日本はアメリカのダグラス社が作った簡単だけれど仕上がりはちょっと雑になりやすい方式を採用していたので、アメリカの別のところが考案した高精度だけれど手間の掛かる方式より見た目が悪かったという事情があるそうです。これについては生産性と引き換えの部分なので一概に日本が駄目とはいえないです。

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