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近年、中国の隋の皇帝は柔然、唐の皇帝は高車出身と言われていますが、どのような...

cim********さん

2019/2/920:17:47

近年、中国の隋の皇帝は柔然、唐の皇帝は高車出身と言われていますが、どのような経緯で入ってきたのですか?

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bot********さん

2019/2/1001:30:02

武川鎮軍閥ですね
時は北魏の時代
北方の騎馬民族に対抗するために国境地帯に匈奴や柔然などの部族を移民させ、ある種の屯田制(鎮民)を引きました
これが武川鎮です
その後北魏が滅び紆余曲折を経て北周の時代になった時、天下を取った武川鎮出身の宇文泰は自分の地元の武川鎮の面子を大々的に取り上げました
そのうちの一人だったのが楊堅、隋王朝の文帝でした

ところで
唐王朝の李氏は鮮卑系ないし鮮卑化した漢族だと聞いてはいますが
それにしてもやはり宇文泰の引きがあったとされます

つまり
・異民族系の屯田制の土地があった
・そこ出身の権力者が権力を握り、地元の名族を引き立てた
・そんな彼らがさらに覇権争いをし、勝ち残った連中が天下を取った
って感じでしょうか?

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bap********さん

2019/2/1007:35:03

姚薇元『北朝胡姓考』という本に言及されています。
私が持っているのは中華書局2007年修訂本の2012年重版のものですが、この本自体は1962年の出版であり、姚薇元本人は1985年に亡くなっています。
2007年の修訂では誤字などのミスは直ったかもしれませんし、注釈が充実したのかもしれませんが、隋の楊氏が柔然である説と唐の李氏が高車である説自体は、この本が刊行された1962年以前から姚薇元が提唱していたかもしれないものです。半世紀以上前の説を近年といっていいかどうかは、私には判断できません。


一応、この手元の『北朝胡姓考』のページ数とご質問についての記述をかいつまんで書きますと、隋の楊氏のことは72~73頁の茹氏の項に記載があります。
茹氏は北魏のことを記した正史である『魏書』の官氏志という部分で、内入諸姓の一部として記載されている「普陋茹氏」が、北魏孝文帝の頃の漢化政策によって漢人風に改姓したものである、という記録があります。

で、隋の楊氏は、自称は漢人の名族である弘農華陰の楊氏だ、と言っているのですが、西魏→北周の鮮卑政策において、「普六茹」という姓氏に改めさせられており、北周時代の楊堅は史書において「普六茹堅」と記載されています。この「普六茹」というのが、鮮卑語だか柔然語だか、要は漢語ではない北方の言語において、「ヤナギ≒楊」の意味である、という説明もなされます。これをどうとらえるか、です。

もともと普陋茹だか普六茹だかの氏族だった楊忠が西魏の十二大将軍の一人として活躍して息子の楊堅が「漢魏の旧に戻す」宣言によって楊氏に再び戻したのか、もともと本当に漢人の楊氏だったが時代とともに落ちぶれ、生き馬の目を抜くような華北の動乱の中で生き残るうちに胡族化していき、最終的に楊堅の「漢魏の旧に戻す」宣言で漢人としてのアイデンティティを取り戻したのか。

『北朝胡姓考』では、諸本の記録から、「普陋茹=普陋如=普六茹=茹」であることを書き、茹氏や茹茹氏は、いわゆる柔然が中華に入ってきた時に名乗ったもの、という説を『元和姓纂』から引いて、その氏を名乗っていた人を史書から数名ひっぱってきて、彼もそう、彼もそう、って感じでまとめただけで、「楊堅は柔然です」って明記しているわけではありません。普陋茹氏が茹氏だけでなく、楊氏にも与えられた(もしくはなった)と言っているだけです。これをもって隋の楊氏が柔然だとするのは証拠が足りません。

唐の李氏も同様です。『北朝胡姓考』の321~325頁まで、記載されている、高車諸姓のカテゴリに、高車李氏についてまとめています。
『魏書』や『周書』『北斉書』などの北朝の正史や氏族の記録に記載されている、叱列=叱利=叱李=叱伏列であり、西部勅勒(高車)系の氏族であることを考証。
北魏末期から西魏・北周を経て、隋まで生きた李穆の、『隋書』での記録から、隴西の李氏を名乗る彼の家がおそらくあてはまるだろう、という憶測を広げて、唐の李氏も隴西の李氏を名乗ってるよね、唐は西方出身者にやたら李氏を名乗らせてる歴史があって、よくわかんないなぁ、みたいな書き方をしています。木を隠すなら森、みたいな感じの書き方ですが、「武川鎮軍閥」を提唱した陳寅恪の説である「唐の李氏=趙郡の李氏」説もちゃんと載せています。
この、「高車李氏=唐の李氏」説の弱い部分、というかはっきり言ってオカシイ部分は、「じゃあ、唐の李氏が西魏・北周時代に名乗っていた大野氏って高車系なの?」って部分が『北朝胡姓考』では一切説明されていないことです。

『北朝胡姓考』は非常に参考になるうえに、示唆に富んだ本だとは思いますが、素人から見ても「これは無理だろ」って説も載っていたり、実際に研究者から総すかんを喰らっている部分もあったりと、完全無欠の研究ではありません。

まぁ、完全無欠の研究なんてそうそうないわけですけど。

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