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跨線橋って蒸気機関車のころからあったの? 駅に機関車が停まっていたら、風向き...

ybb********さん

2019/2/2016:12:42

跨線橋って蒸気機関車のころからあったの?
駅に機関車が停まっていたら、風向き如何では煙くて通れないのでない?
昔は和服だからススだらけだと、草履や足袋が真っ黒になるのもこまるし?



昔は地下道だったのですかねぇ?

補足皆さん回答ありがとうございます。
でも、ごめんなさい、意見が分かれ、どれが正解なのか判断つかない。

より広く意見を聞くため投票にさせてください<(_ _)>

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hhhadrianusさん

2019/2/2120:09:06

久留米では、「歩行者用地下道」でした。
駅の北側にあり、線路を挟んで西にある
梅林寺への参拝道を兼ねていました。
とにかくここは「開かずの踏切」だった。
支保工がそのままむき出しの、狭くて
低いトンネルです。

跨線橋と違って段数がめっちゃ
少ないんです地下道方式。
通行が楽でした。
幼稚園児のこの時代、跨線橋どころか
街に歩道橋も無かったですよ。


理由なのですが至極簡単だと思う。


地下道方式だと、支保工とコンクリで
済むところが、
跨線橋にすると長大な鉄骨を組まねばならない。
今であれば運搬も組み立ても楽ですが、
当時は道路事情から運搬はハンパなく大変で、
組み上げには「リベット工法」を使うしかなくて
人件費も地下道方式に比べ高騰します。


そんなところだったと思います。

  • 質問者

    ybb********さん

    2019/2/2213:54:31

    やはり、地下道が主流だったのですかねぇ。
    戴いたお話からすると

    工事のしやすさ
    階段数の少なくて利用しやすい

    そして、
    なにより煙がふきつけて真っ黒にならない^^

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sup********さん

2019/2/2016:48:08

現存する最古の跨線橋は、武豊線の半田駅のものです。当然SL時代からありました。最近行っていませんが、人吉や吉松などの跨線橋は黒く煤けたような跡がありましたしね。

2019/2/2016:46:56

駅ホームの跨線橋には窓が閉められるようになっていた。
北海道の追分駅前のように「SLの基地」と呼ばれてる所は、駅前が煤で真っ黒状態だった。
駅近くの跨線橋で、発車直後のSLに遭遇すると、下から黒煙が吹き上げてきて、真っ黒になったよ。

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