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あらゆる宗教にはどうして祭祀がつきものなんでしょうか?

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ID非公開さん

2019/3/2110:24:55

あらゆる宗教にはどうして祭祀がつきものなんでしょうか?

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qwe********さん

2019/3/2401:18:42

祭祀はある意味、神とのコミュニケーションのようなものかもしれません。
神を接待するというか、祭祀の最後に直会(なおらい)で、神饌を下げて共食をする。それは日常とは異なる非日常の時空間です。
いわゆる「ハレ」と「ケ」ですね。
祭祀などが非日常の「ハレ」で、祭祀が終わって戻っていく日常が「ケ」です。
祭りに着る服を今でも晴れ着といいますよね。普段着のことはかつて褻着といいましたが、今ではほとんど使われていない言葉かと思います。
褻着のようにケは通常、褻の字を当てますが、気でもあり、気が枯れるとケガレとなる。神道などでは葬式などがケガレと見なされます。この場合のケガレは現代、我々が使う穢れとは若干ニュアンスが異なるかとは思います。そもそも祖霊信仰において、死んだ人が神として祀られるわけですから、現代的な意味での穢れとして死を扱っているわけではない点は意識しておく必要はあるのかなと。

以上は日本でのお話ですが、宗教全体で見ると聖俗の二元論と見る向きもあると聞いたことがあります。神とともにいます祭祀が聖で、人間の日常が俗というわけです。

神を祀る人々がなぜ祭祀を必要とするかといえば、それは循環への願いがあると考えることは妥当ではないかと個人的には思います。
循環とは永遠です。
人の手の加わらない現実世界とはカオスです。カオスな現実の中では今年生き延びた命が来年も生きていられる保証はありません。でも、たまたま今年は豊作に恵まれたとしたら、今年と同じことをすれば来年も豊作になるかもしれない。それはジンクスであり、縁起を担ぐようなものですが、文字通り人力の及ばぬ領域に関する願いは神頼み、運頼みになるしかないわけで、永遠に豊作が続き、永遠に命が続くようにと祈る場として繰り返されるのが祭祀であろうと思います。

宗教とはある意味、種の保存のための装置です。自分が属するコミュニティが絶えないように、その永続性を願うもので、人知の及ばぬ領域の加護を願うものです。だから神と向き合う場としての祭祀が必要で、人が枯れた気を回復するためのハレが必要で、永遠の時間軸が絶えないようにリズムを刻むものなのだろうと思います。

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twe********さん

2019/3/2112:24:03

基本がおそーしきだからそだよん♪(*^^*)

ser********さん

2019/3/2110:52:59

宗教では、論理や事実を、第一に信じないことが大切です。
論理や事実を、第一に信じられなくなった人が、宗教を信じます。

実際には、死んだ人を祀る儀式を、世襲で継承するだけです。
その儀式を主宰して、宗教家が生活しています。

儀式の継承がなければ、世襲が途絶えます。
宗教家の生活がかかっています。

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