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古代日本の歴史記録文書が中国の史書しかないのは日本に中国大陸や朝鮮半島から渡...

t04********さん

2019/3/2119:19:56

古代日本の歴史記録文書が中国の史書しかないのは日本に中国大陸や朝鮮半島から渡って来のは漢字が書けない文盲の文化的に低レベルの人達か、中華には属さない南蛮、東夷とされる周辺の国の人達

だったのですか?あるいは紙や木簡など書き残す手段がなかっただけですか?

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ama********さん

2019/3/2223:49:53

縄文期から中国、主に長江流域の華南地方とは人の流入や交易があったことは間違いないので、文字も入ってきたはずだ。
ただし、縄文人は儀式や呪術的な活用で、文字を記録用には使わなかったのだろう。記録は口誦のみの口伝えだったのだろう。

江戸時代頃までの日本人は写真を嫌がった。民俗学ではアイヌ人は姿を映す鏡を非常に嫌がったという。水面に自分の姿を映すことさえ嫌がったようだ。不吉なことだったらしい。
映像を嫌がったからには、呪術的意味合いの強い表意文字である漢字も嫌がったに違いない。もともと漢字の起源は占いだったのだ。

天孫族は、縄文文化が色濃く残る畿内に入り、困っただろう。天孫族の神体である鏡が怖がられたのだ。天皇家自体が畿内豪族の娘を妃にしていたので、天皇家自体も徐々に怖がる風習が強くなってきたことは十分考えられる。
鏡を都から遠い、太陽が昇る東に位置する伊勢に移したのは、そのためだろう。

以上のように、文字がなかったのではなく、文字が縄文文化の宗教観に合わなかったので、儀式的には使っても、終わればすぐに燃やすなどして処分していたので古い時代の文字は残っていないのだと考える。

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kuw********さん

2019/3/2519:28:35

文字がないから「野蛮」という認識は古い。

インカ帝国のような「高い文明」を備えた古代国家でも「文字」が存在しなかった。その代わり「キープ」と呼ばれる紐に結び目を付けて様々な情報を伝達する方法を使っていた。

日本でも「隋書倭国伝」には倭人は「文字はなく、ただ木を刻んだり、縄を結んで文字代わりにしていた。」とあるので「インカ帝国」と同じように文字を使わず意思伝達、記録をしていたようである。

しかし、全然文字を知らなかったわけではない。

紀元前3世紀の燕国と外交関係にあったことが最古の地誌「山海経」に記されているが、古代中国では朝貢してきた国には上表文の呈出を求め、皇帝から詔書がくだされたので、その交渉において漢字をしっていた。その証拠として紀元前3世紀の遺跡である島根県松江市の「田和山遺跡」から「硯」が出土している。

おそらく、一部の人間だけが漢字を使用して一般的には木を刻んだり、縄を結んで文字代わりにしていたのだろう。

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mon********さん

2019/3/2301:37:13

当たり前のことを書いていきます。
中国の文献が出ますが、古事記や日本書紀と内容が違います。そして考古学的に正しいのは、中国のほうです。
つまり、古事記などを書かせた集団は歴史を捏造しています。そこに出雲、邪馬台国が出ないのは隠したい内容だったからです。
文献が出ないのもそのためです。
ただ一つ、破壊出来なかった文献が存在します。
それが三種の神器の鏡です。
これを壊すと、本来の持ち主に殺されるためです。だからこれ以外の文献はこっそりと世の中から消されているようです。
鏡に本来の日本語が書いてあります。漢語は日本語ではありません。
さらに付け加えるならば、漢語を使う渡来人がやってきて、歴史が始まるという言い方をしますが、
それならなぜ、彼らは漢語を捨てて日本語を喋るのでしょうか。現在の多くの日本人が言うのが正史であるならば、日本では漢語が喋られていなくてはなりません。
世界のどこを見ても、劣るほうの文明言語が存続することはあり得ません。
ちなみに、カタカナは、漢語由来ではありません。

cel********さん

2019/3/2223:15:20

乾いた木の板が入手出来る、ハッキリした色をその木につける液体が手に入る、文字の使用に最低限必要な物理的な条件はその程度なんで、古代日本も含めて、文字を持たない社会で、『文字を書き残す』手段自体が入手困難、と言うのは、かなり少ないでしょう。

日本の古墳時代の銅鏡には、銘文で鏡文字(左右反対)になっているものがあります。これからは、文字の存在自体は知っていたが、鏡を作る側は勿論作らせる側にとっても、文字自体の存在は知っていても、その意味にはさほど強い関心はなく、文字を装飾の一種と捉えていて、鏡文字でも『欠陥品』とは考えられなかった、そう言う状況が想定出来ます。この様に、文字自体は知っていたが、その本来の意味には強い関心がなかったのは、突き詰めると、文字を本来の目的で使う必要性に乏しかったのだろう、と考えられます。

例えば、西ヨーロッパでは、ローマ帝国の支配下に入った時は、中世に比べれば文字の読み書きが出来る人の比率が高かった、と考えられています。それは、ローマは古代としては非常に政治組織が大きく、官僚制度が発達し、隅々迄命令を正しく伝える為に文書によって命令が伝達され、かつ、報告なども文書で行われた為です。

日本でも(例えば)律令制になった後は、政府組織の末端迄文字の読み書きの能力が求められ、実際にもある程度読み書きは出来たはずですが、そうした『役人』と呼びうる人達が出てくる迄=ある程度官僚制が作られる迄は、文字は社会のごく一部で使われていたとしても相当限定的だっただろう、時代を遡って行くと、銅鏡に鏡文字が使われてもきにされないそうした状況に辿り着くのだろう、そう考える事柄が出来ます。

そうした状況、つまり、文字が必要とされていない状況、それ自体を『文化的に低レベル』と呼ぶのなら、それはその定義上は、『未開段階』って事にはなるでしょう。そうした『定義』をする以上、必然です。

勿論、文化と言うのは、文字の有無や政治組織の大きさ・複雑さだけでなく、形として残るものでも美術・工芸の分野はあり、形として残らないから確かめようがないものでは音楽や(口承の)文学もあり、それら迄、文字の有無と『レベルの高い低い』が連動する、なんて思っている人はまぁ滅多にいない、とは思います。

が、文字が必要とされない社会だった、その面に限れば、『遅れた社会』と言っても良い、とは思います。

なお、ご質問とは直接関係はしませんが、中国の中華思想は、簡単に言えば『自分達の価値観を受け入れないヤツラは全部野蛮人』、っ事なんで、文字の読み書きが出来なければ野蛮人視される理由の大きなもになるでしょうが、文字の読み書きが出来たら自分達と同じ文明人、ってな事には全然なりません。

例えば、中国の伝統的な同姓不婚ルールからすると、父系のいとこ同士の婚姻すら認める現在の日本は、殆どケダモノレベル、って事になってしまいます。

そうした中華思想、つまり、中国と同じで無ければ全部野蛮人だ、なんて発想は、現代人にとっては全くどうでも良い事でしょう

ofy********さん

2019/3/2222:27:08

朝鮮は数千年前から朝鮮特有の漢字で歴史が書かれています。
言葉はその当時から朝鮮語でした。紀元前1世紀頃朝鮮は印刷の技術世界一番です。15世紀にハングルが作られ.朝鮮漢字とハングルを交えて使っています。

>古代日本の歴史記録文書が中国の史書しかないのは

日本には2000前の記述は有りません。
紀元前の朝鮮.中国史書.両国に日本の記述が書かれています。

朝鮮から1世紀~6世紀頃漢字が日本に齎され.この頃ひらがなも渡来人が作っています。

この頃から日本人は歴史が始まりますよ。

mon********さん

2019/3/2210:46:39

古代日本の王族や貴族の主流は
基本的に、中国や朝鮮半島の人々とは異民族で
当然、言語形態も違っていたので、
漢字という外国の文字を
日本語に当てはめるのに時間がかかっていたからだと思う。

また、彼らからしたら
漢字は外国との交易の重要なツールではあるけど
それが日本語を記録するツールとして
広く大衆に広まることも避けたかった。
何故なら、日本の統治者としては、
大衆はいつまでも文盲でいてくれたほうが
統治しやすかったから。
大衆が文字を理解するようになったら
それを生かして、広範囲の人々が即時に意思疎通が可能になり、
それで出来上がった世論が
為政者に反抗する危険性もあるから。

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