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桃山時代の朝鮮出兵で加藤清正が虎を槍や日本刀で殺していたのは本当 ですか?

kaw********さん

2019/3/2308:35:08

桃山時代の朝鮮出兵で加藤清正が虎を槍や日本刀で殺していたのは本当
ですか?

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lai********さん

2019/3/2308:59:27

清正が使ったのは槍や刀ではなく、鉄砲で撃ち殺したのです。当時の火縄銃は連発銃ではないので撃ち損じたら大変、たちまち虎に食い殺されてしまいます。清正は虎が充分近づくのを待って一発で撃ち殺しています。

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tam********さん

2019/3/2310:10:14

現在の加藤清正の虎退治の伝承は概ね江戸時代後期の「絵本太閤記」からきています。清正が槍で一突きという記載はこの本における記載で、清正が直接虎を仕留めた記録は残っておりません。ただ、清正が虎狩りをしたのは事実の様で、虎の肉を秀吉に献上した事に対する感謝状が一通残っています。

最近朝鮮側の日記で清正が虎狩りを行ったことに関する記述が見つかったそうです。そこでは、「賊将清正が大事にしていた愛馬を虎に殺され、激怒して軍勢を繰り出して虎をとらえた」とあるそうです。基本的に軍を出してまで全力で仕留めにいった様で、当然鉄砲も使ったと思われます。日記の信憑性は議論があると思いますが、秀吉が諸将に虎退治を行ってその肉を送るように指令を出した記録が残っており、清正に限らず皆で虎狩りを行っていたのは事実の様です。ただし、肉がまずかったのか、あまりに大量の肉が届いたのか、虎の肉を送る指令はほどなく撤回されております。

ちなみに黒田長政の虎退治の話は記録として伝わっており、その際には長政は鉄砲で戦っています。家臣の菅正利は刀₍南山として残っている₎で、林直利が槍で虎を仕留めたとあります。3匹の虎の骨は幕末まで黒田家の蔵に残っていたとされ、たぶん事実だったんでしょう。ただ、林直利の逸話が後々清正の逸話にすり替えられたと考えられています。なお、名古屋城最大の石「清正石」を運んだのも林直利と言われており、なぜ清正石と呼ばれているのかは謎の様です。林さんが少し気の毒です。

beg********さん

2019/3/2308:59:31

本当です。退治した虎の皮は、秀吉に献上されたそうです。
因みに秀吉の「唐(から)入り」つまり中国侵攻は、前段の朝鮮で躓きましたが、清正は中朝国境を越えて満州へ攻め入り、女真族を撃破して、秀吉の願望である「唐入り」を果たしています。

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