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二百三高地という映画を観たばかりですが、疑問が残りました。 日露戦争。 日本...

bun********さん

2019/3/2513:36:56

二百三高地という映画を観たばかりですが、疑問が残りました。
日露戦争。
日本陸軍は金欠で鉄砲の弾が無く、銃剣で突撃ばかりして、相手の銃弾で倒されてるシーンばかり。

でも最後は数か所の陣地とって旗を上げ、勝利という内容でした。
どうして弾切れで撃たれてばかりいたのに勝てたのですか?
事実に元ずく映画ですか?

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kkk********さん

2019/3/2514:01:20

大砲で突き崩したのです。

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mil********さん

2019/3/2601:53:28

映画のラストシーン近くの一兵卒が馬上の乃木大将に答える言葉から押すと、人海戦術

oms********さん

2019/3/2516:34:05

大砲や銃撃で相手側の陣地に打撃を与えても、結局、最終的には兵を突撃させて相手側の堡塁や掩体壕を制圧しなければ勝てません。
その過程でどうしても多大な損害は出てしまいます。
別に日本軍だけが要塞を落とす時に大損害受けた訳ではなく、後の第一次大戦などでももっと悲惨な損害が出てたりします。
要塞攻略戦というのは要するに、沢山ある堡塁や掩体壕の争奪戦な訳です。
攻撃側が部隊を出して攻め落とせば、防御側も部隊を出して奪還しようとする。
その繰り返しで防御側の戦力が消耗して力尽きたから旅順要塞は陥落したという事です。

tpq********さん

2019/3/2515:56:41

高地から旅順港の艦船を砲撃した際、輸送船も沈め、要塞の補給を絶った事で
的も弾切れになった…のかも。
作中では的も弾切れになる描写はありましたが、
その理由には触れられていませんでした(^_^;)

lai********さん

2019/3/2514:22:27

28㌢榴弾砲という巨砲をたくさん内地から取り寄せ、これで旅順要塞を滅多撃ちしました。そのためぺトンで固めた要塞も各所で崩れ、守備するロシア兵に死傷者が続出し戦意が著しく低下しました。映画でもコンドラチェンコというロシアの高級将校がこの砲撃で戦死する様子が描かれています。人望のあったコンドラチェンコの戦死はロシア兵に衝撃を与え、旅順開城の一因ともなりました。明治38年1月1日にロシア軍守備隊は降伏したのですが、要塞内にはまだ充分な弾薬や食糧が残されていたそうです。
この映画はほぼ事実に基づいた内容ですが、多少は異なる点もあります。
映画では児玉源太郎の指導で、攻撃目標を203高地へ変更したことが勝因とされていますが、攻撃目標を203高地に変更したのは乃木希典大将です。また203高地占領後の砲撃で湾内のロシア艦隊が撃沈されたように描かれていますが、事実は203高地を占領したとき、既にロシア艦隊は砲撃で動けなくなっていたようです。
これは日本軍の放物線を描くめくら撃ちがけっこう敵艦に当たっていたためです。

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