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フビライ・ハンは優秀でしたか?無能でしたか? 日本への攻撃も失敗に終わってい...

exn********さん

2019/3/2810:36:32

フビライ・ハンは優秀でしたか?無能でしたか?
日本への攻撃も失敗に終わっていますし、ベトナムへの攻撃も何度も失敗に終わっていますよね。

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mij********さん

2019/3/2810:53:31

フビライが即位するまではモンゴル帝国はほぼ無敗でした。
しかしフビライの即位後、南宋攻略を境に負けが目立つようになりました。

何故負けるようになったかと言うと、本人がモンゴル軍の強い所以をよく分かっていなかったから、とも言えるでしょう。
南宋攻略を達成して、平地戦特化のモンゴル軍をただ「強い」と過信し、
日本や南方諸国に攻撃。まけたら今度は負けた理由もよく考えずに数を増やして再攻撃。

個人的にですが、優秀であったとは言い難いでしょう。

ただ、2代目オゴタイハンから4代目モンケハンまで手こずってきた南宋を攻略した点など、陸地戦においては先代の血を引いている、と言ったところでしょう。

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kei********さん

2019/3/2811:34:37

戦闘、ましてや戦争と言うのは碁や将棋とは比較にならないほど複雑なものです.武器は進歩しますし、地形、季節・気象条件、士気、兵站・・・と不確定な要素が多すぎ、さすがのスーパーコンピュータも時間切れアウト、完全にお手上げです.

だから作戦の成功失敗も第三者が論じても全くの的外れになるのが落ちで、単なる後知恵の結果論、傍目千目に等しいものです.だからフビライハンの無能・優秀を論じたところで神様が笑っていらっしゃるでしょうが、むろんお遊戯としてならいくらでも評価は出来るでしょう.その意味ではフビライ、結果的に有能とは言えない.

騎馬軍団のモンゴル軍の強みはその機動力ですから、退き時、攻め時のイニシアティブを採れること、だから自軍の弱みを出さず、強みだけ発揮することが出来ることです.そのためには馬の走れる街道やなだらかに広がる平原が必要.

しかしベトナムや九州、山陰北陸には平原などほとんどない.しかも船で押し寄せるといきなり背水の陣で、逃げ場がない.おまけに冬は貿易風、夏は神風が洋上を吹き荒れる.モンゴル軍の強みはすべて弱みになってしまうわけでしょう.実際、モンゴル・高麗・宋の大軍の被害の多くは追撃されて海上を逃げる際に夜襲や火矢を受けてのもの.これでは勝てる道理が無い.わざわざ負けに来たようなものです.フビライ、希代の大うつけと言うべし.

モンゴル軍を上陸させまいと博多湾に延々と防塁を築き、軍を機動的に運用できるよう周到な準備を敷いた時宗の勝ちと言うべきでしょう.

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