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ナチス・ドイツの兵器(装甲車両ならティーガーやパンター、航空機ならMe262など)...

was********さん

2019/3/3020:40:27

ナチス・ドイツの兵器(装甲車両ならティーガーやパンター、航空機ならMe262など)は英米ソ連のものより優れていたといわれていますが、

これらが実戦に登場したのはドイツに勝ち目がなくなった後(独ソ戦ならばクルスクの戦い以降)です。ということは、これらの兵器はドイツの勝利という目的との関係では存在しないの同じであり、ドイツの勝利が考えられた時期の兵器は上記連合軍のものと互角かむしろ劣っていた(Ⅱ号からⅣ号戦車、Bf109やHe111)、結果的にナチス・ドイツの兵器は優れてはいなかったと言えるのではないでしょうか。

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noo********さん

編集あり2019/4/511:30:43

ナチスドイツの兵器と一言で言いますが、
ドイツの軍備はWW1の敗戦で一旦白紙になり、ヴァイマル共和制からスタートしていることを忘れてはいけません。

戦車も航空機も大砲も大型艦船も保有することを禁止されている時期から細々と準備され、これは所謂ナチス党が政権を取る前から受け継がれてきたものになります。

このような状態で、ナチスによる再軍備宣言から大して年数もかけず急速に軍隊を再整備した時点でかなりの仕事です。
ドイツ経済はWW1の賠償等で破綻寸前だったのですから。
ドイツはこのような状態で大戦に突入したのです。

ドイツの勝利が考えられた戦争初期にパンターやMe262が登場しなかった理由は分かっていただけたでしょうか?

ティーガーやパンターはドイツの開戦後、そこで直面した現実の問題から求められた兵器です。
他の回答者の方はシャーマンと比べたりもしていますが、あの時期に必要もない兵器を量産に移すような余裕は当時のドイツにはありません。

それはドイツの生産体制であったり技術力であったり、当時の戦況、対峙する敵の兵器の性能やドクトリン、ドイツの人命や資源に余裕がないこと、整備部隊の実力等、
ドイツの事情から導き出された兵器群であり、ティーガーやパンターを作らずにシャーマンやⅣ号戦車を作ればよかったなどというのは浅い考えです。

ガソリンや消耗部品が届かなければティーガーだろうがシャーマンだろうが動かなくなるし、
工場を爆撃されていたらどんな兵器でもまともに部品を作れなくなるのだから。
人的余裕も資源もないドイツならなおさらです。

戦車や航空機のような目立つ兵器の性能だけで勝ち負けを見るのではなく、
各国の国内事情や戦術やドクトリン、一見目立たない砲兵などを注意して見ると面白いですよ。

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viv********さん

2019/4/618:08:50

戦争が始まる前から準備(開発)していたものが、戦争に間に合って実戦配備されただけで戦況は関係ない。
むしろ戦況の悪化で実戦配備が遅れた・当初の設計通りの使い方でなくなったモノばかり。
決して戦況悪化で慌てて開発。前線へ投入したわけではない。

WW1後の厳しいヴェルサイユ体制の下、世界の監視の目を欺いて新兵器開発と量産に勤しんだドイツの勝利(戦争は負けたが)どうやって兵器を開発し集め戦争準備したか?
ナチスドイツは同じ「世界の孤児」となった片割れ。ソビエトに支援を求めたのだよ。WW1後、共産主義を輸出される恐怖から、全世界はソビエトとの商取引を一切禁じた。
そこに目を付けたのがナチスドイツで「他国領で自国兵器を製造し、輸入すればヴェルサイユ条約に抵触しない」と言う盲点を突いた。ソビエトはソビエトで当時、世界最高水準だったドイツの科学技術が黙っていても手にできる。WIN-WINの関係だった。このころは孤児同士で仲がよかったのにな。なんで戦端を開いた。。。

tam********さん

2019/4/614:24:01

>結果的にナチス・ドイツの兵器は優れてはいなかったと言えるのでは
ないでしょうか。

そう言えなくも無いですね!でも、日本ではジエット機の開発も出来ず
V-1やV-2は夢のまた夢、戦車からトラックまで連合国には敵わず、エン
ジンの工作機械はアメリカ製のお古、潤滑油も国産出来ずに外国製を使い
まわす。

独創的なのは、風船爆弾と人間性無視の各種の特攻兵器と言うのが悲しい
ですね・・・( ノД`)シクシク…


それを言っちゃお終いよ・・・

>結果的にナチス・ドイツの兵器は優れてはいなかったと言えるのでは
ないでしょうか。...

asl********さん

2019/4/520:25:49

Me262に使用されている軸流式圧縮機(エンジン)は1920年台にすでにイギリスで提唱されていたし、ドイツのハンス・フォン・オイハンは1933年に軸流式ジェットエンジンの特許を取得。これをBMWとユンカースが実用化しようと研究を開始し1940年台はじめにユンカースがJumo004の実用化に成功した。本来、Me262の本命エンジンBMW003は実用化が遅れたもののJumo
があったため1942年にはMe262は試作機が完成している。
ただし、1943年の11月26日の公開実験を観たヒトラーが何を思ったのかこの機体を「戦闘爆撃機にするべし」と命令してしまったのと腰巾着のゲーリングが迎合してしまったため、戦闘機としての生産が遅延しまっただけ。ガーランドとメッサーシュミット博士は1942年の極初期のMe262生産についての会議で「戦闘機として生産するべきだ」と主張しているし、ガーランドはさらに「本土防衛用戦闘機」として配備しようと考えていたと言われている。
ヒトラーがMe262の戦闘機としての生産を認めたのは1944年8月30日だった。Me262のVシリーズはすでに1943年はじめにはV6まで存在していた。これらをうまく戦力化できれば1943年夏には本土防衛用の戦闘機として少量運用可能だったはずであり、少なくともヒトラーの爆撃機生産命令がなかったら1943年年末から1944年はじめにはMe109やFw190に変わる新戦闘機として実用化されていただろうとかんがえられる。

ティーガー、パンサーに関してはよく「T34ショック」と言われるが、これらの始祖となるドイツにおける「30t戦車開発」はすでに1930年に始まっていた。1937年には後のタイガーⅠの先祖となる「DW1」が、さらに「DW2」が開発開始された。これらは1939年の開戦に先立つ2年前だった。
この後、直接後のタイガーとなるVK3001が開発開始、これは1941年に開発中止になるまで開発が続いた。さらに30t戦車開発計画はVk3601をへて
VK4501(H)計画に集約、これが最終的にタイガーⅠ型として部隊配備となった。
後のパンサーになるVK3002は陸軍からのメーカーにたいする発注は1941年11月25日付で行われているが、これはVK3001の製造を中止し新たに新型30t戦車の試作戦車の製造計画であり、T34ショックがあったものの1930年台からの30t戦車製造計画の延長線上にある戦車とも言える。

大体、イギリス、アメリカでは軸流式ジェットの実用化ができなかった。イギリスのグロスター・ミーティアは遠心式であり、ごく少量があっただけだしアメリカに至っては試作機が戦争終結までいろいろ作られていただけ。
また、戦闘機はP51は初期のアリソンエンジンの頃はだめ戦闘機あつかいだった。P51はロールスロイスマーリンを載せたらものすごく早くなったのと航続距離がドイツ戦闘機より長かったという利点ができたから。
また、ドイツはその戦闘機の使用方法として「ロッテ、ヘッテ」という部隊単位やその戦闘方法を考案しており初期の連合軍は古い戦略、戦闘方法で戦っており初期のうちは圧倒することが可能だった。
さらに、戦車はドイツはグデーリアンが戦前に提唱した「電撃戦」を実践するべく「高機動できる戦車で前線を突破する」というドクトリンがあったが、他国はWWⅡ開戦後もWWⅠ戦中戦後の戦車の考え方である「歩兵戦車」が主流でありあくまで塹壕戦で歩兵を支援するための重装甲と歩兵を随伴させるための低速度で作られていたので比較するのが無理だし、戦争初期の結果は観ての通り。ドイツ式の高機動できる戦車をドイツ以外で作っていたのはロシアだが、ロシアはスターリンやベリアによる赤軍の粛清人事の影響で優れた兵器があってもそれを活用できる軍内部の素地がなかった。フランスはマジノ線さえしっかりしていればドイツは手も足も出ないだろうと考えていたが、結果は歴史の教える通り。

要するに「ドイツは兵器だけでなくその戦法においても他国を凌駕する戦術を生み出すことに成功しており、WWⅠの戦勝に浮かれた連合軍の初期の兵器や古めかしい戦術を圧倒した」ということである。

sho********さん

2019/4/301:18:02

優れていた…何をもってそう思うかって話だ。

ティーガーは、とりあえず数が少ない。
そして、重すぎる故行動に制限がかかる。
ここに必要だと言われても、要は適所に配置しにくい。
また、その重さ故メンテは超大変(;・∀・)
そういう意味では一見、パンター何かは理想的っもぽくも思える。
しかし、あれも生産土壇場で装甲厚くしろとか
ある種ヒトラーの一声?で現場が混乱したとかな話もあったような。o○
ん?それ違う種だっけかな(;´∀`)。o○

Me262は、初期これは間違い無かったと思うが
ヒトラーが爆撃機にしろと命を出した。
まぁ実質現場の判断で実は全面的にはその仕様にしてない
(のがバレてヒトラー激怒凸(゚Д゚#)的な一幕もあったとか聞いたが)。

ジェット機は画期的ではあったけど、未成熟なジャンル。
ヒトラーの声があろうとなかろうと正直、状況巻き返すのは
厳しかっただろうなぁ~とも思える
(ちなみに、後退翼だとか言われる事もあるがありゃ別に
エンジンの問題で機体の重量バランスを合わせる為に
チョイと斜めっぽくなったに過ぎないそうだ)。

ナチス・ドイツの兵器は優れてはいなかった…まぁ一理あるっちゃある。
戦争初期の戦車なんて結構チャチだったのは否めない。
ただ、電撃戦というのに相手が慣れてなくって翻弄出来たって側面はある。

Bf109は、あんなのただまっすぐ飛ぶだけじゃねぇ~か的な
ケチをハインケル社の人間が呟いたとかいうネタもある。
まぁこれは自社の製品が不採用だったのでヤッカミだととれなくはないが。

ドイツは全戦争の敗戦国であり、決して裕福な国では無かった。
それ故なのか?独裁国家となったからか?
少々偏った感も無くは無い。He111にしっかし急降下性能求めたりは
結果から言えば無茶だったとも言える。
まぁ結果論で言うのもズルいっちゃズルいんだけどね。

皮肉として言うなら、速度性能結果的に落としてまで重装甲な
タイガー戦車とかは、生産性メンテナンス性も問題だが
ドーンと構えて待ち伏せなら超強い。
考えようによっては守りに入った感もある。
電撃戦はもうできないし、タイガー戦車にその対応は(ヾノ・∀・`)ムリムリ。

だが、それでも伝説をつくりまくり
それ故のペーパークリップ作戦。
ドイツ人の優秀な科学者をドイツからアメリカに連行を目的をした
作戦だが、それを行う程の魅惑があったとも言える
(残念ながら日本に対しそのような作戦は…(ノω;)。o○)。

生産性は、アメリカのM4やソ連のT34と比べ
正直ドイツ戦車は少なかったとも言えるが…少々性能落としたら
どの程度生産出来たかといえば…どうなんだろう?
ってのもある。

Bf109は初期のナチスドイツに貢献したというか馴染んだ戦闘機だ
(ハインケル社の話しといてアレだが)。
まぁ航続力少ないのにバトル・オブ・ブリテンは無理があったのも確かだが。

ソ連はまた別件だな。
あそこはまぁ割り切りがすげぇ~。
生産性重視で乗組員の居住性はバッサリ切り捨て(;゚Д゚)!
どこか、兵士でさえも消耗品扱いという極端なとこだ。
それでも負けるよりはって感じか?
(もっとも、戦車に関しては戦争前は独ソで共同で秘密裏ではあるが
共同研究してたそうだから妙な感じだ)

しょっぽクン

oba********さん

2019/4/222:45:28

兵器は見かけ上のカタログスペックだけでは意味ないです。
信頼性・整備性・耐久性がなければ稼働率が低くて
戦力的価値は小さくなってしまいます。
兵器マニアに軽く見られるM4戦車ですけど、M4A3に搭載された
フォードGAAはV8のDOHC4バルブというハイスペックながら
信頼性や整備性に優れ、M4戦車の高い稼働率を支える
基本になっています。

戦争の最終期までⅣ号戦車がドイツ軍の主力だったのは
ドイツの実態を体現していると言えそうです。

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