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「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」「泣かぬなら鳴かせてみせようホトトギス...

notewonderfulworldさん

2008/11/1510:22:54

「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」「泣かぬなら鳴かせてみせようホトトギス」「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」はそれぞれ、誰の言葉ですか? 最後は確か織田信長な気がしてましたが。。。

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ベストアンサーに選ばれた回答

si20030920さん

編集あり2008/11/1512:49:05

「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」徳川家康
家康は柿が熟して落ちるのを待つように織田信長の同盟者として戦い、秀吉の政権に参加しその政権の筆頭大老として秀吉を支え続けました。それはやがて自分の手に天下が掴み取れるチャンスが来ることを自然にまかせ無理をせずに待ちました。そして秀吉の死後、そのチャンスが巡ってきて関が原の戦いに勝利し政権を手に入れました。

「泣かぬなら鳴かせてみせようホトトギス」豊臣秀吉
秀吉は頭を最大の武器としていました。織田家に仕え始めた頃に信長にとってゴミのような存在の秀吉は信長の草履を懐に入れ信長に自分の存在を認めさせたという伝説があるほど頭を使い知恵を巡らせて織田家の出世頭となりました。
本能寺の変の後、明智光秀を討ち、織田政権の存続者となるために筆頭家老の柴田勝家を追い落とし、織田家の同盟者の徳川家康を配下にする等、様々な策を用いて天下を掴み取ります。

「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」織田信長
信長は中世の因習を打破し近代を切り開いた「破壊者」「革命児」です。
徹底的に中世的な勢力を打ち壊し、自分に反抗する勢力を打破します。叡山焼き討ちでは女子供まで皆殺しまでする程です。

3人の性格や手法をホトトギスの鳴かせ方に例えています。

こう言う例えもありますよ!
「織田がつき 羽柴がこねし 天下餅 座りしままに 喰うは徳川」
でも、これは家康にとっては酷ですね。(苦笑)
家康も馬上天下をとったわけですから。

質問した人からのコメント

2008/11/15 13:22:53

驚く 詳しく、わかりやすくありがとうございます!!とても勉強になりました☆☆☆

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ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

2008/11/1510:26:02

家康 秀吉 信長の順です しかし これは 実際本人達が言った言葉ではなく 後年 本人達の 人生や性格をこうであっただろうと想像してつくった言葉です。 実際の発言ではありません。

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