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現在日本で仏教の「お経」は中国語訳(多分原語はサンスクリットと思いますが)を...

muz********さん

2008/11/1622:28:42

現在日本で仏教の「お経」は中国語訳(多分原語はサンスクリットと思いますが)を唱えていますが、何故日本語訳ではないのでしょうか。

また、日本中国以外の仏教徒は何語でお経を唱えているのでしょうか。
おしえてください。

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rel********さん

2008/11/1816:14:27

経典にも「訓読(くんどく)」というのがあり、文字通り訓読みすることがありますが、通常はこれを用いません。
私たち日蓮正宗の僧俗ともに通常の朝夕の勤行では漢文を音読みしておりまして、特別法要の時にのみ、「訓読」を致します。また、学習する時は訓読みの経典をもって勉強します。
仏教では修行と学問は異なるものであり、特に日蓮大聖人の教えでは、「一信。二行。三学。」といわれ、信じることが最も大切であり、それを実践修行することがその次に大事であり、学することは三番目ということになっています。
私は在俗の身ですので、あなたのご質問に対する正答でるかどうかは分かりません。
ただし、日蓮大聖人の教えには「日蓮がごとくにし候へ」とあり、世間でも「三歩下がって師の影踏まず」という言葉もあり、また「子は親の背中を見て育つ」という言葉もあります。
私ども日蓮正宗の信者は日蓮大聖人の背中をみて、またその古来の伝統に則って修行をしております。
したがいまして「南無妙法蓮華経」を「なんみょうほうれんげきょう」と読むのは我が日蓮正宗の伝統ですが、身延を総本山とする日蓮宗では「なむみょうほうれんげきょう」と発音します。
また、経典に対するルビも次のように違います
【本末究竟等】
日蓮正宗・・・・「ほんまッくきょうとう」
日蓮宗・・・・・・「ほんまつくきょうとう」
【自我得仏来】
日蓮正宗・・・・「じがとくぶッらい」
日蓮宗・・・・・・「じがとくぶつらい」
などなど、枚挙に暇がありません。
どうしてこの様な違いがあるのかといえば、我が日蓮正宗の御開山(ごかいさん)である日興上人は、大聖人のお傍を常に離れることなく、大聖人様の修行されたお姿をすべて受け継がれ、それが今日まで続いているからだと云われています。
一方の日蓮宗はといえば、この日興上人の厳格な姿勢を嫌い、大聖人の弟子だとなれば鎌倉幕府の迫害を恐れ、大聖人の弟子ではなくて天台の僧侶だと身分を偽るなどして、大聖人の教えが伝わらなかったことも一因であろうかと思います。
日興上人は、こういった弟子達をよしとせず、大事な宝物の一切をもって身延を離れて、現在の富士宮にある大石寺を開かれたのです。
私たちは大聖人以来の正系門家として、ひたすら厳格に修行を続けている宗派です。

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昔のお坊さんは中国に留学してお勉強したので
中国語がぺらぺらでした

今のお坊さんはサンスクリット語やパーリー語、チベット語
をお勉強してすらすらですので

日本語訳を作ってそれを読む必要がないのです。

チベット語にしてもパーリー語にしても
今では古語ですので
一般の人が聞いても
ちんぷんかんぷんのようです

中国語は表意文字ですので
時代や地域が違っても
発音の仕方が違っても
そのまま通用したので
広く伝えられたのでしょう。

和賛と言う
日本製のお経もあります

ちなみにお経すべてがサンスクリットというわけではありません
地方の田舎言葉や
おしゃかさんの地方の言葉は少し違います

kan********さん

編集あり2008/11/1821:07:19

インドで文字にされたお経は中国で漢訳されました。この時原典サンスクリットは破棄されました。これは「中国が世界の中心で一番優れている」という中華思想のためです。
日本仏教は中国から伝来しました。
中国にはサンスクリット原典もないので、当然お経は漢文で輸入されました。

仏教伝来の頃の日本の知識階級の人達は日常的に漢文(中国語)を使ってたので違和感なくそのまま、当時の中国語の発音で読まれていました。その頃の中国語の読み方が今に続いているので、現代の中国語とは読み方が異なるわけです。

また、サンスクリット語は記録用の書き言葉で、読むことにはあまり向いていません。
東南アジアの仏教徒などはパーリ語で経典を読みますし、各国の仏教徒が集まったときなどに同時にお経を読むときも、パーリ語を使ってます。

ただ、お経を書き下し文や現代語訳で読むことも全く無いわけではなく、わかりやすさを重視し、布教活動の一環として取り組んでいる僧侶の方もいます。
ただ、現実的には法事や法要などではやはり、呉音・漢音で読むほうが一般的です。先師(自分の師匠たち)から教えられた伝統を守るということでしょう。

tsc********さん

2008/11/1709:34:27

>何故日本語訳ではないか?
一番は伝統、毎日朝、昼、晩、漢文のお経を呉音で唱えることが習慣になっているわけですからなかなかかわりません。
それと、宗派間の対立があり(たとえば日蓮上人は多宗を激しく攻撃しました)、ふつうに各宗派独自の翻訳をやると同じお経ながらまったく別の訳になってしまい相互理解が困難になります。キリスト教の聖書にしても長い間プロテスタントとカトリックの間で激しい対立があり、聖書の訳も異なっていました。プロテスタント、カトリック合同の新共同訳聖書ができたのはやっと1987年のことでした。仏教で同じような各宗派が共同して作る共同訳なんてのはまだずっと先の話でしょう(そもそも各衆共通のお経なんてほとんどないし)。
各国語版の朗読が収録された般若心経のCDを持っています。韓国ではやはり漢文のお経をそのまま韓国の漢字音で上から棒読みしています。中国では現在中国語音で棒読みです。漢文とは中国語の古文で、普通の中国人にとって漢文をそのまま棒読みされてもよくわからないことは多いのですが現代中国語訳のお経を唱えるなんてことはおこなわれいません。チベットでもチベット語で音読しているはず。インドではサンスクリットで読んでます。

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na_********さん

2008/11/1700:20:05

禅宗系では、だいぶ日本語のお経が入っています。
それ以前の仏教(平安仏教)では、中国で書かれたお経を使っていますから、それがそのまま使われているだけでしょう。
お経は、中国語ではなく、漢文をそのまま読んでいるだけです。

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