ここから本文です

日本は中国共産党や蒋介石と戦っていて、中華民国(汪兆銘政権)は日本の味方でした...

kag********さん

2019/5/708:25:02

日本は中国共産党や蒋介石と戦っていて、中華民国(汪兆銘政権)は日本の味方でしたか。

閲覧数:
36
回答数:
3

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

プロフィール画像

カテゴリマスター

eb7********さん

2019/5/709:13:47

【大陸中国で戦った3勢力】
・蒋介石の国民党軍
・毛沢東の八路軍(共産党軍=中国工農紅軍)
・日本軍

1932年に満州国を建国したのち、日本が満州での権益を広げていた当時は蒋介石と毛沢東の軍が戦っていました。
毛沢東の八路軍は国民党軍から追われて中国奥地を逃げ回っていました。
蒋介石が勝ちかけた時、日本陸軍が進撃して蒋介石の国民党軍と本格戦闘に入り、それもあって国民党軍は八路軍を配下に入れて”新四軍”を組織し日本陸軍と戦う事にしました(1937年の第二次国共合作)。日本と戦った新四軍の主力は国民党軍です。

国民党軍をそれなりに弱体化させた日本陸軍は、太平洋戦争の勃発に合わせてマレー半島を南下し、ボルネオ島攻略などに転戦します。これにより、国民党軍も八路軍も命脈を繋ぎます。米英が中国国内軍を支援し始めると主要兵力を引き抜かれていた日本陸軍は都市部に籠って抵抗するしかなくなります。

日本の敗戦で、残兵ばかりの日本陸軍は入植していた日本人を置いて真っ先に本土へ帰還しました。

戦勝国となった大陸中国国内では、米国調定による”双十協定”にも関わらず、国民党軍と八路軍の戦いが再燃します。毛沢東は”土地革命”によって農民を味方につけ、ソ連軍から武器供与を受けて、蒋介石の国民党軍を圧倒していきます。


ちなみに汪兆銘の国民党政権は蒋介石の国民党とは全く別の組織です。
端的に言って汪兆銘の国民党政権は、満州における愛新覚羅溥儀政府と同じで日本の傀儡に過ぎません。1944年の汪兆銘の病死もあり、日本の敗戦色が濃くなると勢力は弱まり、敗戦後に消滅しました。

ベストアンサー以外の回答

1〜2件/2件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

不適切な内容が含まれている可能性があるため、非表示になっています。

投稿内容に関する注意

cel********さん

2019/5/713:05:48

そりゃそうですよ、勿論。

国立公文書館アジア歴史資料センターの『2.支那事変処理ニ関スル重要決定/3 一、支那事変処理根本方針 1』という標題の資料(レファレンスコードB02030519400)の2/2から引用します。

~~

一、昭和十四年十一月一日興亜院会議決定ニ基キ支那新中央政府樹立ニ関連スル諸工作ヲ実施シ来リタル処昭和十四年十二月三十日ニ至リ日支工作員相互間ニ意見ノ合致ヲ見タルヲ以テ帝国政府トシテハ一応之ニ了解ヲ与ヘ速ニ新中央政府ヲ樹立セシムルコトトス
右工作員ノ間ニ於テ意見ノ合致ヲ見タル要旨別冊「日支新開係調整要綱」ノ如シ

~~

蒋介石政権と戦争している最中に、自分達で『工作』して作った政府なのですから、そりゃ『味方』に決まっていますよ。

汪兆銘政権については、蒋介石政権からの離脱者の合流を期待して作ったものの、簡単に言えば「不人気」で、期待していた効果が現れず…、といった経緯が、日本側の資料によって、わかっています。

tam********さん

2019/5/708:44:32

蒋介石は国民党の党首、中華民国のリーダーで
汪兆銘政権は日本の傀儡政権でした。

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる