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戦国時代の「分国法」について教えて下さい。

loo********さん

2019/5/1118:28:48

戦国時代の「分国法」について教えて下さい。

大内家『大内氏掟書』
朝倉家『朝倉敏景十七箇条』
相良家『相良氏法度』
北条家『伊勢宗瑞十七箇条』
大友家『大友義長条々』
今川家『今川仮名目録』
伊達家『塵芥集』
武田家『甲州法度次第』
結城家『結城氏新法度』
三好家『新加制式』
六角家『六角氏式目』
長宗我部家『長宗我部百箇条』

こんな感じで色々な大名が「分国法」を作っていたそうです。

気になったのが、意外とこれら分国法を作った大名たちは一時、隆盛を誇っていますが、その後に分国法も無いような大名家に攻められ、潰されたり、縮小したりしています。

しっかりやっているのは伊達家くらいに見えます。次点で結城家でしょうか?

「分国法」を制定すると戦国大名として良くない点もあったのでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

sto********さん

2019/5/1120:45:22

分国法を定めていない戦国大名領国内は慣習法(大法あるいは国法と当時は呼ばれていました)に従って紛争時に裁定が下されていました。

慣習法(※郷成敗式目から引用)は明文化されておらず、これを明文化して尚且つ戦国大名が独自で定めた条目を加えたのが分国法と私は理解しています。

中世史を専攻する黒田基樹氏は、分国法の大半は紛争に関わる内容で最終的には大名当主が裁定するものと定めたが、一年の半分を戦陣で過ごした大名当主は対応できなかった為、各家中に依る自力解決の道を残してしまったと指摘されています。
更に同氏は、分国法を制定していない戦国大名の方が多く、大名の存続に際して大きな課題に直面した時期に分国法を制定していることも指摘されています。

回答としては、紛争時に大名当主による最終裁定を分国法で明文化したが、実際は戦いに謀殺され対処できなかったといったところでしょうか。

質問した人からのコメント

2019/5/17 01:06:36

回答ありがとうございます。

戦国大名も戦国時代に家臣たちに苦労していたのですね。勉強になります。

ベストアンサー以外の回答

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tun********さん

2019/5/1215:48:35

おさまりがつかないからわざわざ定め掟が必要になる。まとまっているところには必要がない。作ったけど残っていないケースも多いでしょう。

umi********さん

2019/5/1121:36:32

どんな組織でも「内部規定」ってものがあって
学校なら「校則」会社なら「社内規定」とか。
例えばあなたの家では家族間のルールが
明文化されてますか?されてないでしょ。
普通の家では。
人が多くなると「常識」とか「慣習」だけでは
収まりがつかなくなる。
マックス ウェーバーの 支配の三類型をググってみてください。
法律によって支配するというのはある意味、
「そうしなければ支配できない」弱い主君であったともいえます。

jaa********さん

2019/5/1119:30:23

分国法の制定と大名の隆盛は全く関係ない。
いずれも制定者の時代は国をしっかり保持していたのだから。
ただ分国法と言うのは簡単に言えば大名が自分勝手に定めた私法であって正式な法的根拠は全くないものだから、大名家の力が衰えたり中央に正当性のある政府が出来れば誰も従わず分国法は簡単に消滅し、それを制定した大名家のメンツも丸潰れになって破滅が加速する。
そう言う意味では分国法の制定は両刃の剣と言えるかもしれない

tun********さん

2019/5/1118:42:53

あなたは、清水克行『戦国大名と分国法』(岩波新書)を読んで質問されているのですか?この本の著者の解釈に、納得がいかないのですか?それとも著者の解釈に乗っかった釣りですか?

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