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戦国時代とか昔の人って、処刑される直前とかに辞世の句を詠んだりしてますけど、...

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ID非公開さん

2019/5/1423:15:11

戦国時代とか昔の人って、処刑される直前とかに辞世の句を詠んだりしてますけど、なんで何分後かに殺されるってことが確定してるのに、悠長に俳句作ってるくらい余裕あるんですか?

そんな状況だったら、俳句なんか作ってる場合じゃないし、いい感じの俳句しようなんて思うはずないしどうでもいいですよね?
昔の人は命が軽い分、妙に達観してたというか、肝が座ってたんですか?
それとも、後から歴史書とかを編纂するときに、ドラマチックな雰囲気を演出しよかと思って、編集者が適当に心境を想像して書いただけの、単なる創作が大半ですか?

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lie********さん

2019/5/1509:29:22

大体、近世以前の辞世などというものは、よほどしっかりした同時代の文献で確認されない限りほぼ後世のでっちあげです。
死を覚悟して歌など詠んで従容として死んだことにした方が立派に見えますからね。

細川ガラシャの辞世が後世の創作である事。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q101384681...

森蘭丸の辞世が大嘘の事。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q141935100...

巴御前、鶴姫の辞世が後世の創作である事。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q112077003...

『理慶尼の記』には武田勝頼とその妻子、家来たちの詠んだという和歌が数首伝えられていますが、同書は型にはまった美文調で書かれており、辞世群は武田一族を追慕するための創作ではないかと思います。



ただ、長患いして死期を悟った人や、処刑が決まってから処刑までの時間があいていた人、明日は討ち死にという日に詠んだ場合はほんものと言えなくもない、その程度のことです。

たとえば討ち死にを覚悟して前夜に詠んだ辞世の事。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q141943141...

捕らえられ処刑のために護送される途中で詠んだ辞世。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q141508752...

などです。

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ryo********さん

2019/5/1510:04:35

平安時代辺りから全国を徘徊し、歌を教えたり売ったりしてた連中が居たのでは?
年末、年頭に読んでおいたとも謂うよ。
俺んちの近くの川、畳位、それより大きい墓石、一杯捨ててあるよ。和歌、俳句?が彫ってある。江戸時代が殆どだけど凄い量だよ。教育委員会に教えたら「墓石は文化財では在りませんから」「ガ、ハ、ハ、、ハ~~」で埋められた。

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kor********さん

2019/5/1508:08:56

いつぞや「森蘭丸の辞世の句」なんてのがあらわれたことがありますね。信長を守るのを止めて、辞世の句など作る暇があるわけがない。

辞世の句などは、殆ど偽作で、読んだだけで辞世の句になっていなものがあります。
「散りぬべき時しりてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ」(細川玉子)
辞世の句になっていません。

「風さそう花よりもなお我はまた春の名残を如何にとかせん」(浅野内匠頭)
こういうのが辞世の句で、作る暇は十分あった。

上杉謙信の辞世の句というものが有るらしいのですが、自分の跡継ぎを決めることもできず、脳溢血で死亡した謙信に辞世の句を作る暇があったはずがない。

「露とおき露と消えにし我が身かな難波のことも夢のまた夢」(豊臣秀吉)
どうでしょう。司馬遼太郎は、真作らしいと言っていますが、秀頼のことで頭が一杯な状態で作ることができたかどうか。

突然の死で、死の直前に作られたものは、ほぼ全部偽作、予め作っておいて辞世の句らしいものができるはずがない。

「さらぬだに 打ちぬる程も 夏の夜に 別れを誘う ほととぎすかな」(お市の方)
「夏の夜の 夢路はかなき 跡の名を 雲井にあげよ 山ほととぎす」(柴田勝家)

これらは、辞世の句になっていますし、三人の娘をおとす暇があったので、真作と考えたいですね。

戦国時代において、真作の辞世の句が作られることは、ほとんどなかったと思われます。

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eko********さん

2019/5/1507:07:40

ああいうのはほとんどが後世の創作。
本人が詠んだという根拠はありません。
辞世の句なんてものが流行るようになったのは江戸時代から。

kkj********さん

2019/5/1500:53:45

あらかじめ候補の作品を用意しとくんです。

自分で選ぶか、お供が選ぶかの違いだけです。

der********さん

2019/5/1423:57:21

あらかじめ作って用意しておくのが武士の嗜みというもの。

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