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どうして百人一首で色恋が禁止されていた坊主が恋の歌を読んだのでしょうか、どう...

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ID非公開さん

2019/5/2702:00:03

どうして百人一首で色恋が禁止されていた坊主が恋の歌を読んだのでしょうか、どう言う意味が込められているのでしょうか、詳しい方教えていただけると助かります!

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ベストアンサーに選ばれた回答

myu********さん

2019/5/2713:35:45

百人一首で僧が歌った歌は以下の通りです。

★わが庵は都のたつみしかぞすむ
世をうぢ山と人はいふなり……喜撰法師

★天つ風雲の通ひ路吹き閉ぢよ
をとめの姿しばしとどめむ……僧正遍照

★今来むと言ひしばかりに長月の
有明の月を待ち出でつるかな……素性法師

★八重葎しげれる宿のさびしきに
人こそ見えね秋は来にけり……恵慶法師

★もろともにあはれと思へ山桜
花より他に知る人もなし……前大僧正行尊

★嵐吹く三室の山のもみぢ葉は
龍田の川の錦なりけり……能因法師

★さびしさに宿を立ち出でてながむれば
いづこも同じ秋の夕暮れ……良暹法師

★思ひわびさても命はあるものを
憂きにたへぬは涙なりけり……道因法師

★夜もすがらもの思ふころは明けやらで
閨のひまさへつれなかりけり……俊恵法師

★嘆けとて月やはものを思はする
かこち顔なるわが涙かな……西行法師

★村雨の露もまだひぬ真木の葉に
霧立ちのぼる秋の夕暮れ……寂蓮法師

★おほけなくうき世の民におほふかな
わがたつ杣に墨染の袖……前大僧正慈円

★花さそふ嵐の庭の雪ならで
ふりゆくものはわが身なりけり……入道前太政大臣公経

この中で恋歌というと、素性法師の「今来むと言ひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな」と、俊恵法師の「夜もすがらもの思ふころは明けやらで閨のひまさへつれなかりけり」でしょうか。
この二つの歌はいずれも女の立場で歌った歌ですね。つまり自分の思いを歌ったわけではなく、女性に代って歌った代詠と考えられますね。

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質問した人からのコメント

2019/5/31 10:54:12

ありがとうございます!ずっと不思議に思ってたので解決できてよかったです!

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ID非公開さん

2019/5/2913:45:37

慈円僧正と言う和歌の上手い僧侶がいまして、天皇主催の歌会で、見事な恋の歌を詠んだところ、逆に戒律違犯をして女性と付き合っているのではと疑われました。
そのときそばにいた若い弟子が「本当の歌詠みは、経験がなくても想像だけで歌が読める」と反論します。
すると天皇が「ならば、鷹狩の歌を詠んでみよ。経験がなくても見事な歌を詠めたら、師匠を許してやる」
と言われ、その場で見事な鷹狩の歌を詠んだので、師匠の慈円は許され、弟子には赤い小袖を賜ったそうです。
ちなみに、この若い弟子が、後に浄土真宗の宗祖となった親鸞だったそうです。

dok********さん

2019/5/2718:59:17

百人一首時代のエロ本「とわずかたり」と読んで見て下さい。
読めば、その当時の高級貴族・僧侶階層の生活や考え方が判ります。

pik********さん

2019/5/2710:38:35

平安時代は、僧職と一般社会の、隔てがなくて、自由に行き来できたのです。

特に政治的に僧職に就かざるを得ない場合はたくさんあったのです。

一旦、事件が起きると狼藉を尽くして、高い地位に返り咲いたりしたんです。

天皇家の内部での殺人事件がたくさんありました。

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adg********さん

2019/5/2702:25:43

僧正遍照の「天つ風」とかのことですよね。
この歌については、出家前の作と言われています。
当時は(いや今でも)、最終最高経歴で亡き人を呼ぶのは一般的です。

他にも坊主が色恋の歌を読んだものは百人一首に入っていますが、一首ごとに、調べれば、各々理由は出てくるのでしょう。
自分も、同様の疑問を持ったのですが、この歌のことを調べて、そんなものかなと思っています。

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