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天皇の位を退いた後に再度、同一の人物が天皇に再即位したケースというのは歴史上...

zyu********さん

2019/5/2019:14:09

天皇の位を退いた後に再度、同一の人物が天皇に再即位したケースというのは歴史上、どれぐらいのケースがありますか???

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lit********さん

2019/5/2022:13:29

現代においての公式見解
歴代天皇の数え方に従うと
他の方が挙げている二例
なんですが、ちょっと
というかかなり無理ある解釈なんです、実は


孝謙天皇は
淳仁天皇に譲位しますが
後に対立し
淳仁天皇を廃位し、淡路に配流します。

廃位とは強制的に天皇でなくすものですが
それだけでなく、天皇になった事実を消し去り、歴代天皇として数えなくするもので
淳仁天皇は
淡路廃帝
と呼ばれて諡も贈られなかったんです。
淳仁天皇という諡を贈られ、歴代天皇に数えられたのは後の時代のこと。

淳仁天皇を廃位した孝謙天皇は正式に即位、重祚したわけではないのですが
これを重祚したとしています。

ここでこれを重祚とするのか
正式に即位していなかったことに加えてもう一つ大きな問題があります。

淳仁天皇に譲位した孝謙天皇は出家したのですが
淳仁天皇を廃位した孝謙天皇は出家したまま事実上復位するわけですが
この出家した天皇という例は他になく
また花山天皇は出家したことによって
自動、強制的に退位させられていることを考えても
孝謙天皇が重祚した
という解釈には無理があります。

一般に孝謙天皇が重祚した称徳天皇の在位期間は
厳密には空位だったと捉えるべきだと思います。


これとは逆に
天皇の位に返り咲き、重祚したとも解釈できる例で
それを数えられていない例があります。

それが
後醍醐天皇

後醍醐天皇は鎌倉幕府打倒を企てて露見し
鎌倉幕府に廃位されて隠岐に配流されます。
ここで光厳天皇が鎌倉幕府により立てられます。

鎌倉幕府によって廃位された後醍醐天皇が復権、天皇に返り咲くのですが
逆に光厳天皇を廃位し、自分が廃位されたことと光厳天皇が即位していたことを消し去ろうとします。

まあ
厳密、正式に再即位した例は一例で
微妙な例が二例ある
というべきでしょうね

ベストアンサー以外の回答

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wkp********さん

2019/5/2023:48:11

2ケースです。
いずれも、女帝の重祚です。

si7********さん

2019/5/2022:59:59

2例とされています。

・皇極天皇(第35代)、斉明天皇(第37代)
・孝謙天皇(第46代)、称徳天皇(第48代)

cor********さん

2019/5/2019:44:48

2例あります。いずれも女性天皇です。
1.641年に即位した皇極天皇は、645年の乙巳の変のあと、弟の孝徳天皇に譲位しましたが、孝徳天皇が亡くなったため、655年に再度即位し、斉明天皇になりました。
2.749年に即位した孝謙天皇は、758年に淳仁天皇に譲位しましたが、仲が悪くなって、淳仁天皇を廃帝として淡路島へ流し、764年に称徳天皇として再度即位しました。

crn********さん

2019/5/2019:18:54

再度即位することを重祚(ちょうそ)といいます。

日本では、皇極天皇が重祚して斉明天皇になったケースと、孝謙天皇が重祚して称徳天皇になったケースがあります。

mir********さん

2019/5/2019:16:42

二人じゃなかったかな?

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