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なぜ昨今の文学界には三島や谷崎の様な才能を持った新人が現れないのですか?

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ID非公開さん

2019/6/1610:00:04

なぜ昨今の文学界には三島や谷崎の様な才能を持った新人が現れないのですか?

先人の手本がある分、現在の方がレベルの高い新人が現れるのが当然の様に思います。
それとも、娯楽が多様化し、わざわざ堅苦しい文学を志す人間が減ったのでしょうか。

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chi********さん

2019/6/1610:22:10

芸術の分野は、年々進化するものではない。音楽、美術、文学、みな過去の作品のほうが優れている。

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plm********さん

2019/6/1709:55:41

三島も谷崎も純文学でしょう。
才能ある新人が現れないのは、
文学全体ではなく純文学であって、
純文学がもう流行らないということだと思います。

百田直樹の「永遠の0」の文庫本は
オリコン調べで400万部超、
漫画の「ワンピース」を超えてるらしいです。
娯楽が多様化しても面白い小説は売れてます。

紫式部の「源氏物語」から
百田尚樹の「永遠の0」まで
今も昔も面白い小説が読まれるというのは
変わってません。

純文学なんて、
明治にヨーロッパの小説が輸入されて、
それを真似て出来たもので、
たかだか100年くらいのものでしょう。
ながい日本文化の歴史からみたら、
一瞬の仇花が咲いて流行ったのが、
廃れていっただけの事のように思います。

三島や谷崎の時代は、純文学が流行ったので、
才能ある人がその分野に集ったけれど、
今は流行ってないので才能ある人が
他の分野に流れてるのでしょう。
昔は運動神経のいい人は相撲取りになったけど、
今じゃプロ野球選手になるのと同じだと思います。

der********さん

2019/6/1615:50:47

娯楽が多様化し小説を読む人が減ったから。三島由紀夫の時代までは庶民の娯楽と言えば映画とラジオと小説だった。純文学も売れたしそれ以上に大衆文学が売れた。三島や谷崎の才能を持った若者の一部はアニメやマンガのような創作を目指すかもしれないが、大部分は他の職業に就く。作家になっても食っていけない時代だ。需要のないところに供給は生れない。

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