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平安後期、荘園公領制の公領についてです。

mor********さん

2019/6/2520:00:03

平安後期、荘園公領制の公領についてです。

なぜ、古代は 国 郡 里(のちに郷)だった上下関係の位置づけが、 なぜ国の下に郡郷が並立する状態になってしまったのでしょうか。保は特別、開発所領だから並立するのは何となく分かりますが。

郷が郡と対等になった理由を教えていただきたいです。

荘園公領制,郡,開発所領,平安後期,郡郷,郡衙,公領

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ベストアンサーに選ばれた回答

ohi********さん

2019/6/2520:37:31

10世紀になると,律令制支配体制があちこちで変質・衰退します。郡衙の機能は国衙に吸収されてしまい,行政機構としての郡衙は消滅します。

そうしますと,郡・郷・里などの土地区画(公領の一部)は国衙のもとに並立化され,上下関係もなくなるのです。

ここに従来とは異なる郡・郷・保(新開発した便補の保〔びんぽのほ〕という公領となり,私領である荘園と対立していきます。

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