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藤原氏の祖である中臣鎌子は天児屋命の子孫なので、家格としては蘇我氏より上位だ...

my_********さん

2019/7/1206:17:33

藤原氏の祖である中臣鎌子は天児屋命の子孫なので、家格としては蘇我氏より上位だったのでしょうか?

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z_x********さん

2019/7/1208:53:54

日本神話を編集した黒幕が藤原氏なので、あまり真に受けない方がいいと思います。

まず中臣氏はそれほど家格の高い氏族ではありませんでした。祭祀系で言えば忌部氏の方が格上でしたが、中臣が朝廷での覇権を占めるにしたがい、中臣氏の祖神が活躍したような歴史書き換えが行われました。へたしたら天児屋命も別の氏族からパクったか、もしくは特に何の活躍もなかったのを天孫降臨にお供した神様として書き換えているのかもしれません。

また鎌足が本当に中臣の血筋なのかも怪しいところがあります。ご存知かとは思いますが「藤原氏=中臣氏」ではありません。「藤原氏=中臣鎌足の子孫」でもありません。「藤原氏=藤原不比等の子孫」が正解です。藤原という姓は藤原京でもわかるように氏族に与える名前としては格が高すぎます。ですので大出世を果たしたスーパー官僚の不比等が、自分につけるのではなく親の死に目にもらった名前として日本書紀に書いてしまったように思えます。鎌足が百済の王子だとか、不比等が天智天皇の落胤だとかいう説もありますが、そこまでは思いませんが「中臣氏≠藤原不比等」のような気はします。

ということで藤原氏の神代からの家格は「藤原不比等がさかのぼって書き換えた」でしょう。

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mar********さん

2019/7/1209:13:36

古事記・日本書紀は藤原不比等の創作ですから、それをもってそれ以前の家格について云々するのはナンセンスです。当然ながら乙巳の変以前の話であれば、中臣氏の家格は蘇我氏に遠く及びません。

ham********さん

2019/7/1207:08:26

臣(おみ)
葛城氏、平群氏、巨勢氏、春日氏、蘇我氏のように、ヤマト(奈良盆地周辺)の地名を氏の名とし、かつては大王家と並ぶ立場にあり、ヤマト王権においても最高の地位を占めた豪族である。
連(むらじ)
大伴氏、物部氏、中臣氏、忌部氏、土師氏のように、ヤマト王権での職務を氏の名とし、大王家に従属する官人としての立場にあり、ヤマト王権の成立に重要な役割をはたした豪族である。

つまり、臣姓はヤマト王権以前の首長(王)であり、倭国連合を大王家と共に運営する氏族どある。連姓は、元々大王家を支えた家臣的な家。蘇我氏は臣、中臣氏は連ですから、蘇我氏の方が家格は上ですね。
中臣鎌足は、普通にやっても蘇我入鹿を越えられません。ですから暗殺という手段を選んだのです。

aja********さん

2019/7/1206:49:04

それを言うと、
蘇我氏は武内宿禰を祖とするので、孝元天皇を経て、神武天皇、瓊瓊杵尊、天照大神まで繋がります
天児屋命は、天岩戸の時に天照大神に鏡を差し出し、天孫降臨で瓊瓊杵尊に付き従っているので、
蘇我氏の方が「主筋」という形になります

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