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今から約60年弱前ですが、当時祖父母が住んでいた福岡県八女市の川瀬という所で、...

can********さん

2019/7/2319:00:03

今から約60年弱前ですが、当時祖父母が住んでいた福岡県八女市の川瀬という所で、修験道の寺のような場所に行った記憶があります。今となっては祖父母や親類もいませんので、その場所がどこだったのか?見当もつきま

せん。山の中腹にあったようで、崖をよじ登ってお堂のような所で手を合わせることを何度も繰り返した記憶があります。何のためだったのか記憶もありませんが特に信仰していたわけでもない父と母方の親戚か知り合いが一緒だったようです。その寺社仏閣が何であったのか知りたいのですが、手がかりになるような情報を知らせていただけないでしょうか?

補足多分父の厄払いか、母の病気平癒を祈ったのだと思います。

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ベストアンサーに選ばれた回答

gek********さん

2019/7/2322:43:32

正しい情報とは断言できませんので、予めご了承下さい。

まず「八女市川瀬」ですが、この地名は昔も今も八女市に存在しな地名です。なので、推測ですが「福岡県八女郡広川町川瀬」のことでは無いでしょうか?

この広川町川瀬には「円通寺」と言う修験寺がありますが、確かに本堂の裏手に古墳くらすの山は存在しています。

ですが、お寺の敷地では無いと思いますし山の中にお堂などは無いと思います。

60年前ですから旧矢部村や旧星野村との合併前ですので、その頃の八女市自体に崖をよじ登るような山がありません。

同じく、八女郡広川町も同じような山がありません。

ただ、その頃の円通寺は現在よりも手前に本堂があって現在の観音堂がある場所は確かに小高い森だったと思います。

何度も繰り返し祈願したと言う事なら、やはり観音様の可能性も高く「川瀬」と言う場所にあったと言う記憶ならばここしか無いと思います。

宗派は曹洞宗ですし、その流れは空也上人からの流れのお寺ですので。


さて、円通寺では無いとなると次に可能性があるのは川瀬地区から車で約20分の所にある筑後国一之宮「高良大社」です。

高良山は筑後国では指折りの修験の山として栄えた場所ですし、昔ながらの神仏合祀の神社です。

お尋ねの場所はこの拝殿ではなく、拝殿からさらに山奥に行った「高良大社奥宮」では無いかな?とも思いました。

ここは書かれてる通り「山の中腹」以上の場所に鎮座し、険しい階段や道が続きます。

奥宮は毘沙門天が祀られていますので、毘沙門天もやはり病気回復や厄払いなどの祈願が対象となる阿羅漢の神です。

文章からは一番ピッタリと感じる場所です。

その他は広川町長延にも「東福寺観音堂」があります。こちらも山の中ではありますが、すぐ近くまで車で行けることとそんなに険しい山にあるわけではありません。

それでも観音様を祀ってありますから、祈願対象のお堂ではあります。

以上思いつく限り書いて見ましたが、この中に記憶にある寺社があれば幸いです。

質問した人からのコメント

2019/7/23 23:50:02

大変参考になりました。私の長年の謎が解明できそうです。助かりました。ありがとうございます。

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