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関儀一郎について、御存じの方、情報提供お願い致します。

mus********さん

2019/8/2118:00:04

関儀一郎について、御存じの方、情報提供お願い致します。

近世漢学者伝記著作大事典・日本儒林叢書(全14巻)・近世儒家史料(上中)など漢学についての膨大な業績があり専門家も編著書を多く引用するにも関わらず、専門の人名事典にも載っていない不思議な碩学、それが関儀一郎先生と拝察しております。

当方、中国古典や日本漢学に長く親しむうちに、前記大事典など関先生の労作を入手、パソコンのない時代に一体どのようにして資料を集めたのか、どんな苦労があったのか、など知りたく思います。御子孫の方、知人の子孫の方、儀一郎先生の生前の情報をお持ちの方、現在の学界での評判を御存じの方、ぜひ情報をお寄せ下さい。

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ベストアンサーに選ばれた回答

sxi********さん

2019/8/2405:09:27

私は東洋史、漢学などよくわからないですが、偶然、外交文書で関儀一郎の名前を知りました。詳しいことは私もよくわかりませんが、どうやら彼は『老子注釈全書』、『山鹿素行先生日記』など彼自身の著作を多く出版した東洋図書刊行会の代表を務めました。1912年10月29日の官報に「新潟県高田師範高校教諭 関儀一郎」の名がありますが、同一人物かは確定しない。

  • 質問者

    mus********さん

    2019/8/2513:11:52

    ご回答ありがとうございます。
    ご覧になった外交文書のこと、官報のこと、(私が門外漢のため)より詳しく(差し支えない範囲で)教えて頂けませんでしょうか。
    私は人文系で若い頃は教員をしておりました。この数年来、関儀一郎に関心があり、今秋から本格的に調べようと考えております。
    近世漢学者伝記著作大事典に見える御子息の文面から、儀一郎先生は明治10~11年(1877~1878)の生まれと思われ、1912年に師範学校教諭をしていても矛盾ありません。3年ほど前、越後高田(上越市)に行って探ってみたのですが、地元では今や全く知られていない状態でした。私は東京の生まれ育ちで越後高田と無縁ですが、膨大な仕事をして故郷でも学界でもほぼ無視されている人をなんとか掘り起こして光を当てたいと念じています。
    今回のご回答は、私にとっては一条の光明でございます。御教示をお待ち致します。musashishin1803@yahoo.co.jp

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質問した人からのコメント

2019/8/25 13:24:23

回答ありがとうございます!

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