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徳川家康は、「怒りは敵と思え」と言ってますが、彼は人に対して激しく怒ったこと...

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ID非公開さん

2019/9/516:57:45

徳川家康は、「怒りは敵と思え」と言ってますが、彼は人に対して激しく怒ったことはないのですか?

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goo********さん

2019/9/517:38:56

これらの「神君御遺訓」は、家康でなく水戸光圀が書いた『人の戒め」というものであり、明治維新後に元旗本だった池田松之助が家康を追慕うるあまり、家康にになったつもりで模写したものが、人々に神君御遺訓として広まったものです。

家康とは何の関係もありません。

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ojy********さん

2019/9/520:05:21

人を斬る時、楽しんでるってことか?

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jun********さん

2019/9/518:42:57

少なくとも、信長や秀吉に比べれば、
家臣を手討ちにしたり、大した罪でもないのに、
死罪を命じた事はありませんね。

合戦の時は、短気になり興奮しやすかった、
というエピソードが幾つか残されていますが、
激情のあまり、取り返しのつかない事をした、
という事は、聞いた事がありません。
今風に言うと、アンガーマネジメントができる人、
だったのでしょう。

sss********さん

2019/9/518:29:27

たいして怒ってる訳でもないのに気に入らない人間を切っていたので、激しく怒るところまでいかなかったのでしょう。

bir********さん

2019/9/518:14:21

関ケ原の合戦で家来の騎馬が徳川家康の
座所に駆け込み勢い余って家康と
衝突しそうになった。これを怒った
家康は刀を抜いて不届きな騎馬を
斬ろうとしたので不埒騎馬は逃げ
家康は刀を振りかざして追うが
徒歩で走っても騎馬には追い付かず
家康は腹立ち収まらないので側近の
兜の指物を居合で切断したという。

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