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古墳時代の日本人は何語を話していたのでしょうか? また、文字は中国語だった...

dmm********さん

2019/9/1301:10:17

古墳時代の日本人は何語を話していたのでしょうか?

また、文字は中国語だったのでしょうか?

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dok********さん

2019/9/1306:40:24

魏(や後漢)の時代では倭人伝が有名なように、倭語を使う人たちが倭人で、倭人が住む地域が倭国です。おおむね、紀元元年ごろまでは記録として倭語を使っていたとの認識です。
次の古墳時代では晋や宋の倭国伝が有名なように一つの国家のような統治組織が出来上がっています。この時も倭語を使っていますし、隋の時代でも倭語を確認しています。
隋の時代は推古天皇の時代で、万葉集や古事記から推古天皇の時代の言葉は現在の日本語の前身である大和言葉が確認できます。言葉の構文や単語などの骨格は現代の日本語との相違はありません。

逆に、日本語は文字で記録されたものから、古代の言葉が復元できる世界的にも非常に稀な国です。漢字の発音を利用した借音文字で言葉が記録されていますから中国古音から古代日本語の発音が復元が可能です。
記紀歌謡は借音文字で歌が表記されていますし、万葉集は漢語と借音文字の組み合わせでの表記です。
また、単語の類似性から、現代語、近世語、中世語、古代語と辿れ、それは縄文時代に遡れるとしますから、縄文時代から現代まで、語彙を別とすると、ほぼ、同じ言葉を使っていたと考えられています。

半島、ベトナム、中央アジアなどでは象嵌文字や色々な漢文のものは残りますが、それだけではその地域の人名の復元は可能ですが、言語としての復元は困難です。そのため、半島では古語朝鮮語の復元が非常に困難な状況にあります。言葉を写した借音文字での多くの文章が必要です。
同様に高句麗に訓読法で記述された多数の碑文が発見されていますが、それでも言語の復元には困難性があります。

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2019/9/1722:16:01

古墳時代の文字については、定説ではだいたいこういうことになっています。
・日本列島に住む大部分の人は文字を知らず、使っていない。
・一部の学者、政治家(権力者)と中国や朝鮮から”最近”渡来した一族は漢字を使っていた。漢字とはつまり中国文字ですね。

その定説の根拠は、
・今の所、古墳時代の文字と考えて間違いがないものは稲荷山古墳出土鉄剣銘などごく限られているが、全て(当時の)漢字である。
・漢字以外に、当時の日本列島人が書いたと確かに考えられる文字は発見されていない。

つまり、古墳時代の日本列島の文字は、中国大陸や(同じく漢字を使っていた)朝鮮半島から伝わった漢字しかなかった。と推定されます。今後何かが見つかるかもしれませんが。


話し言葉がなんだったのか、これはとても難しい質問です。
自信たっぷりに答える方は、申し訳ありませんが、歴史を学んでいない方です。

当時の日本列島に住む人たちは次のいずれかの話し言葉を使っていたと推理されます。証拠はなく、あくまで学者の推理です。
・中国語(種類多数)
・朝鮮語
・倭語(倭人語)
・アイヌ語、ツングース語
・琉球語
・その他地方語

その中で話し手の人口が最も多かったものは倭語でしょう。なぜなら、のちに列島の中央部に成立した政権(飛鳥とか奈良の王朝)の話し言葉、書き言葉が倭語だからです。ずっと後の明治時代に「日本」という国号をみんなが使うようになってからは倭語を日本語と呼ぶようになります。

倭は「わ」と読む場合と「やまと」と読む場合がありました。

弥生時代または古墳時代に漢字が伝来した後は、倭語を使う人々は漢字を使って倭語(話し言葉)を表すためにずいぶんと大変な工夫をしたでしょう。


もっと気楽な質問だったかもしれませんが、ある程度正確に書けばこういうことになります。

最も大切なことは、古墳時代には日本という国家はなかったので、日本人もいなかったという事実を知ることです。古墳時代に日本列島に住んでいた人を日本人と呼んでも慣習上差し支えありませんが、現在の日本国の領土の中には、当時は多数の民族が多数の言葉を使って暮らしていたはずだ、という視点を持つことです。ですから私は日本という国号が定着する明治時代までは「日本列島人」と呼んでいます。

mon********さん

2019/9/1320:25:34

日本人に、倭人と中国の人がいるので注意が必要です。
漢語を使っているのは中国の人です。ヤマト言葉はほとんど喋れません。かなり間違ったヤマト言葉を書きますので、そこで区別できます。

逆に、倭人はほとんど漢語を話せません。

古墳時代にでる文献は畿内を牛耳る中国の人によるものですので、漢語しかでません。ヤマト言葉を覚えていく過程が出ます。正しいヤマト言葉を検証する環境がありません。とは、中国の人たちが固まっていて、倭人が閉め出されていることを示唆します。

古墳時代なら、出雲から東北にかけては、カタカナが通用します。ヤマト言葉です。

畿内は漢語です。ヤマト言葉も片言なら通用します。文字は漢語のみが通用するものと思います。彼らに手下に縄文の人がいますが、彼らはヤマト言葉を喋ります。
九州は、混在の状況です。中国の人が大勢ここを通って行きます。

古事記がヤマト言葉風で物語。
日本書紀が、漢語で歴史として描かれます。内容的には、古事記が外国向けですので、
畿内においては、
ヤマト言葉が外国人向け。漢語が日本人向けであったことが窺えます。

cor********さん

2019/9/1311:05:01

古墳時代の日本人は日本語を話していました。
大野晋さんの「日本語の源流を求めて」(岩波新書)が参考になります。
文字は漢字を使っていました。

z_x********さん

2019/9/1307:49:04

日本には4万年ほど前に現生人類が到達しましたが、人種的には非常に古いモンゴロイドでした。だから言語も他の東アジアとはちょっと違う系列の言語です。インド方面のタミル語を源流とする説もあるのですが、あながちバカにできないと思います。

その縄文時代の日本語にモンゴル語の影響を受けたのが日本語のベースです。上古音と発音は違いますが基本的に同じ言語です。古墳時代になってから半島との交流が増えましたので単語は朝鮮語とよく似ています。

文字は古墳時代になってから仏教とともに漢字が伝わったとされていますが、実際のところはわかりません。もっと古くから大陸との交流がありますから文字も伝わってないはずはないでしょうし。実際、紀元前の遺跡からスズリが出土したりします。大化の改新以降で大規模な焚書があったようで古代の文書はまるで残ってませんが。また漢字の渡来以前にも日本オリジナルの文字があったと言われたりもします。「神代文字」で検索したらでてくると思います。多くのものは後世の嘘や偽造だったりするかと思いますが、あんがい本物もまじってるかもです。

zab********さん

2019/9/1305:19:00

会話は当然日本語ですが、漢字を表音文字のように使っています。のちの万葉仮名となる表現方法ですね。そして文章は、中国語の語法で書かれています。

「其児名加差披余、其児名乎獲居臣、世々為杖刀人首、奉事来至今、獲加多支鹵大王寺在斯鬼宮時、吾左治天下、令作此百練利刀、記吾奉事根原也」(稲荷山古墳出土象嵌鉄剣銘文)。

稲荷山古墳は、5世紀に埼玉に造られた前方後円墳です。その中から、文章が象嵌された出土しました。

会話は当然日本語ですが、漢字を表音文字のように使っています。のちの万葉仮名となる表現方法ですね。そして文章は、中国...

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