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ドストエフスキーは過大に評価されているという質問や回答を見ることがありますが...

鈍・気耄けさん

2019/10/1118:36:58

ドストエフスキーは過大に評価されているという質問や回答を見ることがありますが、全て、何が過大に評価されているか、という内容を見たことがありません。

ただ「ドストエフスキーは過大に評価されている」という言葉だけが語られます。

そこで、何が、どんなところが過大に評価されているか、あるいはと思うのか教えて下さい。

例)本屋に行くと教授が薦めているとか、有名俳優一押しの宣伝がある。
例)古典なのに読者数が多いように思う。
例)知恵袋での質問が多い。

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ベストアンサーに選ばれた回答

2019/10/1200:04:14

過大評価されているかどうかまだそう言った意見を見てませんが、おそらく「罪と罰」あたりの有名作品を読もうとして挫折して、そのくやしさから、
読了してドストエフスキー論を交わす事のできるロシア文学愛好者に対する羨望と嫉妬みたいなものがあるのではないでしょうか?

おそらく心の中に「ドストエフスキーくらい読んどけ」説が渦巻いて、カラマーゾフの兄弟を手にとってみたものの、人物関係すら頭に入らない。
プーシキンやゴーゴリは読んでなくても恥ずかしくないが、文豪ドストエフスキーは、読んでないと心のどこかで悔しさが残る、
この違いは、ドストエフスキーの名声を無視できないからでしょう
それほど彼の遺した仕事は偉大ということでしょう。

てんかんの発作、賭博癖、山のような借金、
その中で速記者を雇い、そのアンナとの愛を糧に、
遂に名作をものした大作家です。

日本とスケールが違い、ラスコーリニコフを取り巻く群像(マルメラードフ、ラズーミヒン、ルージン、レベジャトニコフ、ポルフィーリー、最大の怪人スヴィドリガイロフ、ソーニャ、ドーニャ、カテリーナ・イワノブナ…)や、もはや老婆殺しを凌駕する後半の思想対決やソーニャの信じる聖書の解釈など、「罪と罰」の魅力は尽きません。過大評価とする方は、おそらく読了していないものと思われます。

  • 質問者

    鈍・気耄けさん

    2019/10/1208:51:35

    回答、ありがとうございます。
    知恵袋に質問したり、回答するようになって二年になりますが何回か見ました。最初は「フーン」と思っていたのですが、そのうち何でだろうと思うようになりました。以下は最近見かけたものです。

    ドストエフスキーって過大評価されてません?
    ぼくはドストエフスキーの作品をいろいろ読んできましたが、いまいちその凄さがわかりません。 2019/9/24

    なるほど、羨望や嫉妬ですか。理解できないことに対する自分自身への歯痒さみたいなものでしょうか。
    そうなると「ドストエフスキーは過大に評価されている」の実態はなく、言葉だけがあるということでしょうか?

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質問した人からのコメント

2019/10/14 08:41:32

皆さま、回答ありがとうごいました。

「過大評価」の正体はドストエフスキーを好きになれない、一方で人気があるということからくる羨望と嫉妬と解釈するのが最も妥当なのかと思いました。

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adg********さん

2019/10/1119:36:15

ロシア語文学を正しく評価するなら、最低でも英訳で読む必要があると思います。
それができる日本人は、ごくわずかですよね。私もできません。

逆に日本語文学の英訳なら、我々にも、考えやすいです。
枕草子冒頭の、
「春はあけぼの。やうよう白くなりゆく、山際すこし明かりて、紫立ちたる雲の細くたなびきたる。」
を英訳すると、以下のようになるそうです。
For spring, it is the dawn that is most beautiful.
The skies on top of mountains become lighter and lighter with the rising of the sun.
The long thin clouds that turn light purple are a sight to be enjoyed, too.
これじゃあ、枕草子の良さは、どれだけ伝わっているのか疑問ですよね。
そう考えると、文学とは、言葉の美しさ+表現している内容、だとよく分かります。

大半の日本人は、ドストエフスキーを評価していても、表現している内容だけで評価していることになります。
すなわち、ドストエフスキーは、よく分かっていない人たちが高評価しているということになります。

ということが、ドストエフスキー過剰評価論のベースなのだろうと思います。

(私自身は、ドストエフスキーが表現している内容だけでも、十分にスゴイだろ、と思っていますが、…)

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des********さん

2019/10/1321:07:35

過大評価かどうかは分かりませんが、例えばこういうのはどうでしょう。
大学の教授たちが薦めるのは、自分たちも若い頃に当時の教授たちにドストエフスキーを薦められたから。実際に読んでその話の難解さ(ロシア文学って結構読みにくいですよね)を体験し、それを若い学生たちにも体験させたい。でも、ただ読めというより、ちょっと盛る(評価、高いよ!)、そうしたら教授が薦めるんだから、読んどいた方が良いだろう。
或意味、伝統というかなんというか。
一度読んでみるのも良いかもしれません。因みに私はドストエフスキーの「白夜」が好きでした。

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