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表現の不自由展に関して愛知県知事を批判したら今後同様の展覧会を自治体が開こう...

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ID非公開さん

2019/10/1806:33:52

表現の不自由展に関して愛知県知事を批判したら今後同様の展覧会を自治体が開こうと思った時にが政治家が萎縮してしまい表現の弾圧に繋がる危険性がありますよね?

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har********さん

2019/10/1808:04:53

じゃあヘイトスピーチなんて言うなよ(笑)
それも表現の自由なんじゃないのか?

ダブルスタンダードを用いる人間は悪人。
それは鉄則だよ。

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chi********さん

2019/10/2215:34:55

そうですね。だからこそ、今回の問題はしっかり追及した方がいいですよね。

bft********さん

2019/10/2005:06:41

そう思うね

ただ今回の件はそのあたりは微妙だ

政府が補助金をだし、また開催に中心的にかかわり、そこに出品された作品が回復不能なほど著しく人権や名誉を棄損するものでないにもかかわらず、不適切だと判断して展示を禁止したならこれは憲法違反の疑いがある

だが単に未だ未決定であった補助金の交付を不交付と決定したということが、表現の自由の弾圧とまで言えるのかどうか・・

kaz********さん

2019/10/1923:25:03

日本国憲法第21条
第1項
集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
第2項
検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

表現の自由の制約

日本国憲法の下でも、表現行為が他者とのかかわりを前提としたものである以上、表現の自由には他人の利益や権利との関係で一定の内在的な制約が存在する。内在的制約とは、第一には人権の行使は他人の生命や健康を害するような態様や方法によるものでないこと、第二には人権の行使は他人の人間としての尊厳を傷つけるものであってはならないことを意味する。

日本国憲法における表現の自由の制約の根拠について学説は分かれている。通説は表現の自由は日本国憲法第13条の「公共の福祉」による制約を受けるとする。通説に対しては「公共の福祉」の語がいわば外からくわえられる制限(外在的制約・政策的制約)をも含めた包括的な制約概念として用いられてしまっているとの批判から、憲法第13条は訓示的規定であり人権の制約を根拠づけるものではなく人権の内在的制約は各々の人権の属性に従って当然に認められるとする学説もある。しかしその説によっても内在的制約と政策的制約との区別は必ずしも明確になっていないという指摘がある。また、憲法第13条を訓示的規定としてしまうと違憲審査基準である必要最小限度の基準の憲法上の根拠があいまいになるという指摘もある。

表現の自由の制約の憲法上の根拠を憲法第13条としつつ、憲法第13条の「公共の福祉」の意味は内在的制約に限定されるとし、内在的制約の具体的意味を確定させることが必要とする学説もある。

初期の判例(最大判昭和24・5・18刑集3巻6号839頁等)は憲法第13条の「公共の福祉」の意味内容を極めて包括的・抽象的に捉えていたため学説の多くは批判的であった。学説には比較衡量論を主張するものもあったが、最高裁判所の判例でもとりわけ1965年以後になると、いくつかの分野で比較衡量の手法がとられるようになった。例えば博多駅テレビフィルム提出命令事件は取材フィルム提出命令について「公正な刑事裁判の実現」との観点で比較衡量を行っている(最大決昭和44年11月26日刑集23巻11号1490頁)。学説では精神的自由権と対立する利益も憲法上重要な人権である場合(人格権など)には個別的較量の理論が働くことがあるが、一般的には無原則・無定量な較量を避けるためにも利益衡量を枠づける基準が必要とし、明白かつ現在の危険の基準、過度の漠然性の基準、LRAの基準などがこれに当たるものと考えられている。

zor********さん

2019/10/1812:08:42

「表現の自由」と言えば何でも許されると思っている連中をシバキ倒せ。
公的資金(税金)を投入して、公的施設でやるべき内容ではない。

●産経抄
10月18日
2019.10.18
https://special.sankei.com/f/sankeisyo/article/20191018/0001.html
日本国憲法が禁じている「検閲」が、最近注目されている。
14日に閉幕した
「あいちトリエンナーレ2019」
の企画展、
『表現の不自由展・その後』
のおかげだ。
▼先月末、朝日新聞の天声人語が、作家の石川達三の
『生きている兵隊』
を取り上げて、この問題を論じていた。
日中戦争に従軍して書き、検閲を恐れて要所を伏せ字にせざるを得なかった作品である。
ただ石川が、戦前の言論統制の被害者と決めつけるのは早計だ。
『言論統制』(佐藤卓己著)には、石川が雑誌に発表したこんな文章が引用されている。
「極端に言ふならば私は、小説といふものがすべて国家の宣伝機関となり政府のお先棒をかつぐことになつても構はないと思ふ」。
▼何もここで、石川達三論を展開しようというのではない。
ひとつの角度からだけで物事を論じるのは、危険だといいたいのだ。
▼報道関係者向けの鑑賞会に参加した小紙の記者によると、新聞以外の取材に対して注意事項があった。
「誌面掲載、番組放送前に原稿を確認させていただいております」。
朝日は、文化庁の芸術祭への補助金不交付をあたかも、検閲制度が復活するかのように批判している。
では、なぜ主催者側の
「検閲」
について報じないのか。
▼そもそも、公金の支援の有無と表現の自由とはなんの関係もない。
お上に頼らず、好きなように作品を発表すればいいのである。
もちろん作者は、批評、批判から逃げることは許されない。
▼不自由展のなかでもとりわけ物議を醸した作品について、美術家の大浦信行さんが、朝日のインタビューに応じている。
燃えているのは天皇の肖像ではなく、
「僕の作品」
という言い分には納得できない。
ぜひ小紙の取材にも応じていただきたい。

●【主張】愛知の企画展閉幕 朝日はヘイトを許すのか
2019.10.18 05:00
https://www.sankei.com/column/news/191018/clm1910180002-n1.html
ヘイト(憎悪)表現が罷(まか)り通った愛知の企画展が終わった。
国際芸術祭
「あいちトリエンナーレ2019」
の企画展
「表現の不自由展・その後」
である。
問題のある作品が展示されたのは異様だった。
昭和天皇の写真を何度も燃やし、最後にその灰を土足で踏みにじる動画がそうである。
昭和天皇とみられる人物の顔が剥落した銅版画の題は
「焼かれるべき絵」
で、解説には戦争責任を
「日本人一般に広げる意味合いがある」
とあった。
韓国が日本非難に用いる、
「慰安婦像」
として知られる少女像も並んだ。
英文の解説には、史実でない
「性奴隷制」
とあった。
「時代の肖像-絶滅危惧種 idiot JAPANICA 円墳-」
という作品は、出征兵士への寄せ書きのある日の丸が貼り付けられていた。
作品名の英文などを直訳すれば
「馬鹿な(間抜けな)日本趣味の円(まる)い墓」
だ。
「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」
である天皇や日本人へのヘイト表現といえる。
だから多くの人々があきれ、憤った。
一方で、憲法が第21条で保障する
「表現の自由」
を守れという主張があった。
だがヘイト表現は、国民は自由と権利を濫用してはならず、
「常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」
とする憲法第12条と両立しない。
朝日新聞は16日付社説で
「『日本へのヘイト』との批判」

「あきれる話だ」
と難じた。
ヘイト行為に目をつむる朝日の主張には心底あきれる。
社説は
「規制すべきヘイト行為」

「社会全体で議論を重ね、定義づけ、一線を引いてきた」
とし、
「それに当たらない作品をヘイトと指弾する」
のは
「暴論でしかない」
とした。
どこに一線を引くかこの社説は語っていない。
平成28年成立のヘイトスピーチ(憎悪表現)解消法に依拠するつもりなら乱暴な話で説得力はない。
同法は、日本以外の出身者やその子孫への不当な差別的言動の解消を目指している。
その解消自体は当然としても、同法には日本人を守るべき対象としていない大きな欠陥がある。
そもそも法律以前の話でもある。
左右どちらの陣営であれ、誰が対象であれ、ヘイト行為は
「表現の自由」
に含まれず、許されない。
この当然の常識を弁(わきま)えず、天皇や日本人へのヘイト行為を認める二重基準は認められない。

●(社説)あいち芸術祭 閉幕後も山積する課題
2019年10月16日05時00分
https://www.asahi.com/articles/DA3S14218963.html?iref=editorial_bac...
あいちトリエンナーレが閉幕した。
脅迫や執拗な抗議で中止に追い込まれた企画
「表現の不自由展・その後」
は、最終盤になって再開にこぎつけた。
入場が抽選制になるなどの制限は残ったが、不当な圧力に屈しない姿勢を示せたのは良かった。
一連の出来事は、表現活動をめぐる環境が極めて危うい状態にある現実を浮き彫りにした。
引き続き問題の所在を探り、是正に取り組む必要がある。
騒ぎの発端は、作品を見ることも、制作意図に触れることもないまま、断片情報に基づく批判が開幕直後に寄せられたことだった。
河村たかし名古屋市長ら一部の政治家が、同じく表面的な事象だけをとらえて攻撃を加え、火に油を注いだ。
とどめは文化芸術を守るべき文化庁だ。
9月下旬になって、内定していた補助金の不交付を決めるという暴挙に出た。
申請手続きに不備があったというのが理由だが、菅官房長官らは早々と8月初めの時点で支給の見直しを示唆している。
表現そのものに圧力をかけようという意図は明白だ。
補助金の審査に関わる外部専門家の意見も聞かず、再検討の経緯を記録した文書もない。
行政が本来の道を踏み外し、暴力で芸術を圧殺しようとした勢力に加担した。
そう言わざるを得ない。
宮田亮平長官は東京芸術大学の前学長だ。
事態の深刻さは認識しているはずだが、部下が不交付を決め、自分は関与していないと釈明する。
本当であれば組織の長としての資質を欠く。
文部科学相も首相も
「われ関せず」
を決めこんでいる。
全てがあいまいなまま、補助打ち切りという事実だけが残ればどうなるか。
「議論を呼んだり、政府ににらまれたりする恐れのある活動は控えよう」
という萎縮が広がるのは必至だ。
美術、文学、音楽を問わず、既成の概念や価値観をゆさぶる作品が、次の時代を切り開き、自由で多様な方向に世界を広げる原動力になってきた。
それが否定されてしまえば、社会は閉塞状況に陥るばかりだ。
慰安婦に着想を得た少女像や昭和天皇を含む肖像などが燃える映像作品に対して、
「日本へのヘイト」
との批判も飛び出した。
これもあきれる話だ。
表現の自由への過度な制約にならぬよう、規制すべきヘイト行為とは何か、社会全体で議論を重ね、定義づけ、一線を引いてきた。
明らかにそれに当たらない作品をヘイトと指弾することは、蓄積を無視し、自分が気に食わないから取り締まれと言うだけの暴論でしかない。
ゆるがせにできない課題が数多く残されている。
閉幕で一件落着ということにはできない。

ybo********さん

2019/10/1812:07:00

●「あいちトリエンナーレ」閉幕
昭和天皇の肖像を燃やし、足で踏み付ける映像作品…各メディアはどう表現した?
竹田恒泰氏「昭和天皇は私の親戚、深く傷ついた」
2019.10.15
http://www.zakzak.co.jp/soc/news/191015/dom1910150009-n1.html?owned...
愛知県で開かれた国際芸術祭
「あいちトリエンナーレ」
は14日、閉幕した。
昭和天皇の写真をバーナーで焼き、灰を足で踏み付けるような映像作品などを、公共施設で税金投入して公開することに批判が集中したが、
「メディアが真実を伝えない」
ことへの疑問も噴出した。
作品の公開を認めた張本人である愛知県の大村秀章知事が
「即位礼正殿の儀」(22日)
に参列することへの反対論も浮上するなか、メディア報道を検証した。

夕刊フジは、芸術祭開幕直後の8月2日、企画展
「表現の不自由展・その後」
を記者が取材した。
撮影は認められなかったが、その映像作品の印象は取材ノートと脳裏に焼き付いている。
約20分の映像で強烈なのは、昭和天皇の肖像をバーナーで焼き、顔の部分が最後に燃え尽きる一連のシーンだ。
残った灰は地面にこすり付けるように足で踏み付けられた。
鮮血を想起させる赤い液体がしたたるなか、下駄を履いた女性の白い足を重ねるインパクトの強い場面もあった。
女性の叫ぶような歌声のBGMも流れていた。
企画展には、昭和天皇の映像作品のほか、慰安婦像とされる少女像や、英霊を冒涜するように感じる作品もあり、電話やメールなどで抗議が相次ぎ、8月3日をもっていったん公開中止となった。
芸術祭の実行委員会会長を務める大村氏は10月8日に再公開に踏み切った。
昭和天皇の映像作品について、新聞各紙が報じた部分を別表にまとめた。
果たして、作品の実態が伝わるだろうか。
企画展を直接取材し、近著『新聞という病』(産経新聞出版)がベストセラーとなっている作家でジャーナリストの門田隆将氏は
「『燃える』

『バーナーで燃やして足で踏み付ける』
とでは、天と地ほど違う」
「メディアが作品の実態を伝えず、少女像ばかりに矮小化しようとしたのは、
『一部の右翼が反発している』
という主張を崩したくないからだろう」
「旧態依然のメディアが報じない一方、ネットを駆使する人は知っていた」
「両者の真実をめぐる戦いを如実に現したケースではなかったか」
と語った。
こうしたなか、明治天皇の玄孫である作家の竹田恒泰氏が11日、自身のツイッターで、大村氏に対し、
《昭和天皇は私の親戚である》
《その昭和天皇を侮蔑し、名誉を毀損する展示に対して、私は深く傷ついた》
《皇族方の多くも同じように傷ついたに違いない》
《即位の礼には出席しないでいただきたい
《わが国の象徴にヘイトを浴びせる貴殿には、皇居の濠を渡る資格は無い》
と発信して、注目されている。
果たして、大村知事は皇居の壕を渡るのか?
愛知県秘書課は
「出欠の公表は差し控える」
「脅迫まがいの話もあり、警戒態勢を上げており、愛知県警とも相談している」
と語っている。

●河村市長に独占直撃インタビュー! 不自由展の再公開に「大村氏は国民をナメている」「昭和天皇映像は暴力だ」
「表現の不自由展」再開
2019.10.10
http://www.zakzak.co.jp/soc/news/191010/dom1910100002-n1.html?owned...
愛知県で開催中の国際芸術祭
「あいちトリエンナーレ」
で、いったん中止になっていた企画展
「表現の不自由展・その後」
が8日、再公開された。
最大の焦点は、昭和天皇の写真をバーナーで焼き、灰を足で踏み付けるような映像作品などを、税金を投入して公共施設で公開すべきかどうかだ。
芸術祭での再公開に大反対する名古屋市の河村たかし市長が、夕刊フジの単独インタビューに応じた。
「『表現の自由』以前の問題で、(日本や皇室に対する)ハラスメントだ」
「芸術祭の実行委員会会長を務める愛知県の大村秀章知事は
『表現の自由に名を借りた暴力』
で世論をハイジャックした」
「日本社会にとって、実に危険なことだ」
河村氏はこう切り出した。
企画展には、昭和天皇に関する映像作品や、慰安婦とされる少女像、英霊を冒涜するように感じる作品などがある。
河村氏自身も実行委員会の会長代行だが、大村氏から事前に再公開の連絡はなかったという。
「大村氏は最近、
『専決』
ばかりだ」
「実行委員会で再開に関する協議はなかった」
「つまり、再開決定は無効だ」
「(国民や県民、市民を)ナメている」
憲法には
「表現の自由」(第21条)
だけでなく、
「公共の福祉」
に反する権利濫用を禁じた第12条もある。
河村氏は続けた。
「芸術祭は、愛知県や名古屋市が主催する公共事業だ」
「そこで、昭和天皇の写真を燃やして、灰を踏み付けるなどの
『暴力』
行為が行われた」
「再公開は、名古屋市民や、愛知県民がこれを認めたことになる」
「民間の画廊で自費でやるのとは違う」
「文化庁に補助金を申請する際、(県側は)前出の映像作品などの詳細について説明をせず、偽りがあった」
「左派メディアも昭和天皇の作品を隠すように伝えて、再公開を守ろうとしている」
「おかしい」
確かに、テレビ局の中には、昭和天皇に関する作品にまったく触れないか、
「昭和天皇の写真をコラージュした作品」
などと、まったく内容が伝わらない報道をする局もある。
企画展は14日まで再公開される。河村氏はこの日、展示会場前で座り込みの抗議活動を行った。今後はどうするのか。
河村氏は
「座り込み抗議は今日一日では終わらない」
「またやった方がいいでしょう」
「実際には、
『税金を使った再公開はよくない』
という人は多い」
「ここは、みなさんの力で、税金支出のあり方について、大村氏に対して
『おかしい』
と主張すべきだ」
と語った。
一部では、河村氏を先頭にして、大村氏の知事リコール(解職請求)を求める声もある。
河村氏は
「それは何とも言えない」
と語った。
国会では今後、文化庁が
「交付申請の不備」
を理由に芸術祭への補助金の不交付を決定したことに野党側が反発し、政府を本格追及する構えだ。
河村氏は
「ぜひ、予算委員会に私を呼んでほしい」
「今まであった本当のことをすべて話す」
「喜んで出席する」
と語った。

●「あいちトリエンナーレ」閉幕
昭和天皇の肖像を燃やし、足で踏み付ける映像作品…各メディアはどう表現した?...

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