ここから本文です

六道輪廻について教えてください。

kor********さん

2008/12/2401:08:32

六道輪廻について教えてください。

閲覧数:
603
回答数:
2

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

kis********さん

2008/12/2401:20:43

六道は修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道、人間道、天道の6つです
我々が現在いるのがこの中の人間道です、よく勘違いされるのは
天道=天国という考え方ですね、天道は確かに楽な世界なんですけど
やっぱり最後には衰え死が待っているという苦の世界です。
我々の魂と言うのはこの6つの世界をぐるぐるまわっている、輪廻して
いるんだけどこのサイクルから解脱するのが仏教の最終目標の一つ
だったりします、大分はしょりましたが。

このQ&Aで解決しましたか?質問する

閉じる

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

usa********さん

編集あり2008/12/2613:22:31

◆改めて整理して、回答いたします。

まず、「六道」とは、【地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天(界)】までの、6つの境涯(心の状態)を顕しているものです。人を憎み、嫉妬し、他よりも勝ることに悦を憶える(卑下)、又止め処ない欲に翻弄(貪欲)され、満足、即ち「真の感謝」という心が浅い、自身の思い通りにならない事に対する一方的な怒り、物事の「道理」一切無視した愚かな心を、『三悪道四悪趣(さんあくどうしあくしゅ)』といって、地獄界から修羅界までの4つの境涯とします。

要するに、地獄も浄土も何処か別の場所、又死んでからどうというものではなく、全ては生きている命(心)に具わっているものなのです。命が在り、生きているからこそ、様々な縁に触れることで、喜び、悲しみ、憎み、欲得を求めるのです。死んだ後の話しをしても、誰にも実感は湧かないでしょうし、死んだ後のことよりも、今生きている命(心)に対して働きかける教えでなければ、仏教たる価値・意義はないと考えます。生きているからこそ、自省(反省)も出来る。生きているからこそ、人としてより上を臨む向上心も生じるのですね。

仏教では「中道(ちゅうどう)」を説いています。「中道」とは、文字通り「どちらにも偏らない、普遍的な道理」であります。六道輪廻は、例えば大きな「振り子」のように、常に、又瞬間にして善悪を言ったり来たりします。その時の自身の心の状態と、外界からの刺激に依って、苦に思ったり、楽に感じたりと、不安定な状態に浸ってしまう訳です。

また、次の「人界」「天界」は、一見して良い事(境涯)のように映りますが、ここでは単なる一時的な自己満足や、単純に望み、願いが叶ったという自我を主体とした「満足」に止まります。それらの心根は、過剰な執着心と依存心の発露ともなり、自身の足元を見失ってしまう因(原因)ともなり得るのです。
ですから、その一時的な満足を得るが故に、次を欲し、またその次を欲して止まないというように、終わりなき「迷いと苦」の境涯を行ったり来たりする様を『六道輪廻』というのですね。
無論、一度願いが叶ったからと言って、その次も同様に願いが叶うかどうかと言えば、それは誰にも分かりません。もし、適わなかった時、人は往々にして「愚痴の人」となります。そして、他にその原因を求め、責任転嫁する場合も多々あるでしょう。それらが原因となって起こる悲惨極まりない事件や事故は後を絶ちません。

肝心なことは、それらの煩悩に一々翻弄されること無く、確固たる自分(心)を形成し、仏道修行の唯一の目的であります【六根清浄】に努め、最高の境涯である【即身成仏】に至ることです。【人格の完成】にこそ、仏道修行の意義が具わっているということです。

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる