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昔の和服についての質問です。

mos********さん

2019/11/2812:52:23

昔の和服についての質問です。

戦前の人たち、おおよほ明治から1945年ぐらいまでの人たちは、自分たちの着る和服をどのように調達してたのでしょうか?
織物を買って、自分で作ってたのでしょうか?
それとも、既製品をおみせでかってたのでしょうか?
よろしくお願い申し上げます。

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che********さん

2019/11/2812:57:45

嫁入り前に叩き込まれることの中にお裁縫(着物の仕立て)が有るので反物を買ってきて家で仕立てるのが普通だったんじゃないですかね。

あと、うちの親は昔お針子さんをしていました。

呉服屋の下請けみたいな感じで、客が反物を選んだら望みの着物に仕立てる内職です。

お金持ちで自分で仕立てない人はオーダーメイドだったんだと思います。

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st2********さん

2019/12/411:19:27

反物を買ってきて自宅で作っていましたね、和服は手縫いで作るのが本筋でミシンはつかっていませんでした。
時々呉服屋が生地を持って売りにきて座敷で広げて見せに来ていました。
洗う時は糸を抜いて反ものに戻して洗濯板に張り付けて干したり、しんしと言う竹ひごの両端に針の付いた物を使って干していました。

ikn********さん

2019/12/214:16:08

庶民の家庭であれば、反物を買ってきて各々の家で仕立てます。基本的に奥さんの仕事。
だから、当時の女性は嫁入り前に、料理や掃除に加えて、着物を仕立てられる裁縫技術も身につけなければならなかったんです。
戦後の高度経済成長期を迎えるまでは、全国的にこんな感じです。

ちなみに現在は、さすがに家庭で仕立てることはなくても、それでも呉服店で反物を選んで仕立ててもらうのが一般的です。
既製品は安い浴衣や、入門用の化繊の着物などのごく一部です。

上り藤さん

2019/11/2915:20:30

反物(布)を買ってきて、家庭で仕立てていました。当時、主婦にとっては、裁縫はできるのが当然という時代だったんです(もちろん、洗い張りなどの着物を維持する技術も)。

当時は、一部の富裕層を除けばこれが普通のことです。

2019/11/2900:22:59

基本的に反物を買います。
反物の形で流通します。
※なお、江戸時代から昭和まで中古着物もかなりの量が流通していて、庶民はそもそも全く新しい着物というものは手に入れられないのが普通です。


大正生まれの祖母は女学校で習った技術だけで、呉服屋さんから仕立ての内職を受けていました。昔は和裁士なんて資格はありませんが月に10枚くらい縫えばそこそこの収入になったらしいです。

自分で縫える人は多かったですが、仕立てが仕事になったわけですから人に縫ってもらう人もまた多かったのです。現代も着物の仕立て代は和裁士さんの手取りが1枚1万〜2万くらいですから、だいたい同じくらいかなと思います。


織物で有名な桐生で聞いた話だと、機織り機を使って自宅で布を織るのを仕事にしている、いわゆる家内制手工業の女性たちが江戸時代から昭和60年代くらいまではたくさんいて、自分用の布を織る時は自分で糸を紡いで染め屋さんに染めてもらい、それを織ったそうです。この自分用のはいわゆる紬です。
機織り機は高価で自前で用意できる人ばかりではなく、借り賃つまりレンタル料を払いながら織る場合も多かったそうです。少しでも多く布を織って売って稼がないとですから、現実的には自分用の布を織るなんて贅沢はなかなかできなかったみたいですよ。

桐生の織物の中に銘仙(若い女性向けの安い絹織物)というのがあって非常に派手なんですが、それは絹の生産で潤っていた群馬県には歓楽街も多くてその女性たちが派手な銘仙を買っていったからだそうです。派手なものを織ればどんどん売れた、という話でした。


あと、紬ではなくて染め物になると、白反物をまず買って、染める色や柄はその後見本帳を見て注文しました。ちなみに最初に書いた祖母はお嫁入りの時に白反物を1反持っていったそうですが、戦時中にお米に換えさせられたそうです。染め上がった反物より染める前の白反物のほうが昔は価値がありました。

asi********さん

2019/11/2823:56:34

大勢の使用人がいて、家事など全くしなくて良い一部の人や特殊な人を除き、針仕事は出来て当然でした。
家族の普段着は、季節毎に洗い張りして、縫い直さなくてはならないし。(銘仙は糸が良くないので、膝が抜け様子に、袖と入れ替えたそうです。)
着物のみならず、布団も皮を洗って張り板で干して縫い、打ち直した綿を真綿でくるんで仕立てるのですが、戦後しばらくの、1960年頃までは普通の事でした。

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