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なぜロシア革命後のソ連で宗教は否定されて聖ハリストス大聖堂を爆破したり、教会...

ハリス直さん

2019/12/206:53:55

なぜロシア革命後のソ連で宗教は否定されて聖ハリストス大聖堂を爆破したり、教会やモスクを共産党は破壊したのに、ワシリー大聖堂やウスペンスキー大聖堂などは残ったのですか?

また、ワシリー大聖堂やウスペンスキー大聖堂などはソ連時代は何に使われていたのですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

hat********さん

2019/12/212:25:08

日露が、日露戦争で衝突し、ロシアの軍事化に拍車を掛けたからではないでしょうか。

”1941年の冬に関する逸話がある。ナチス・ドイツがモスクワの間近にまで迫っている際、ヨシフ・スターリンは秘密裏に、生神女就寝大聖堂でナチス・ドイツの侵略を受ける国に対する救いを願う祈りを捧げるよう命じたという。スターリンは救世主ハリストス大聖堂の爆破を命じるなど、教会に対する弾圧を強く推し進めていたが、ナチス・ドイツの侵攻に際して国家の防衛における教会の役割に一定の期待をかけるようになり、第2次世界大戦以降、スターリンの教会に対する強硬姿勢は若干、軟化した。しかしそれでも基本的には生神女就寝大聖堂を含め多くの教会が、依然としてソ連政府の管理下に置かれ、教会が自由に使う事は出来なかった。
1990年、建物は依然として博物館として供用されていたが、生神女就寝大聖堂は教会に返還された。現在では活発に奉神礼が行われている。wiki”

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