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清原が本塁打500本に終わった理由は (1)不摂生 (2)ノミの心臓 (3...

cco********さん

2019/12/502:22:11

清原が本塁打500本に終わった理由は

(1)不摂生
(2)ノミの心臓
(3)下手だから
(4)その他

のどれでしょうか。
(4)の場合は理由も教えてください。

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tak********さん

2019/12/600:31:12

(1)と(4)練習不足があったと思います。あと(2)の影響はあったでしょう。


当時のオーナーの堤義明氏の庇護の下、甘やされた清原は、1年目で31本塁打を放ったことでさらに天狗になり、練習をしなくなりました。清原はそれでも練習は人一倍したと言うかもしれませんが、王貞治氏、落合博満氏、イチロー氏といった、日本プロ野球界を代表する名打者と比較すればやはり練習量は劣っていたと思います。


加えて、暴飲暴食による不摂生で衰えは早かったです。巨人にFA移籍するかなり前にピークは過ぎていました。それでも、素質がすごかったため、2000安打、500本塁打、1500打点を達成しましたが、体調管理を行い、きちんと練習していればもっと素晴らしい成績を残せていたでしょう。

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kfj********さん

2019/12/614:55:56

(4) 頭が悪いから

hop********さん

2019/12/520:06:52

(4) の量間違えて少なかったので
成績に影響が........

has********さん

2019/12/518:19:41

(4)です。

清原は典型的な早熟型の選手でした。スポーツ選手は早熟型と晩成型に別れ、高校生の時点でプロの一流選手と同等以上の、並外れて高いレベルに到達しているということは、その時点がほぼピークで、その後大きくは成長しません。江川卓も松坂大輔も高校卒業後は、大きく伸びませんでした。

ですから、清原の高校時代があまりにも凄かったので、「最終的にどのくらいの選手になるだろう」と期待しましたが、高校時代がほぼピークだったということです。

nuk********さん

2019/12/509:15:41

1ですが、最大の理由は、体がボロボロだった。13年連続で20本塁打が途切れたあたりから、膝が特におかしくなりました。肉体改造で上半身を鍛え上げ、2001年には、121打点をあげますが、8月までは松井より多かったホームランが9月には膝を痛めて、足を引き摺りながら2本しか打てず、打点王も僅かにペタジーニに負けます。そして、翌年三冠王発進ながら、4月で体が壊れてしまいました。後は、誤魔化し誤魔化し現役を続けます。

長い間、長距離砲として、重たい体を支えたら、普通は30歳くらいでダメになります。T岡田なんか典型的。清原の晩年はあり得ないくらいの痛みで、手術と薬物で、現役にこだわり続けたのです。

kik********さん

2019/12/507:30:01

(4)その他 バッティングのバランスを崩した
西武の時の体型を維持してれば、もっと活躍できたと思う。
メジャー選手を見て、もっと上半身を鍛えなきゃいけないと言い出して、上半身を鍛えすぎて体重が増加。下半身の負担が大きくなって体のバランスを崩しちゃった。
(1)不摂生 女遊び
きれいな嫁さんがいるのに、よその女と遊びまくって、嫁さんから見捨てられた。
その後生活が荒れて腹が出て薬にも手を出した。

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