鉱山は、水をくみ出すのが一番の重労働だったのですか。 排水が一番大変だったのでしょうか。 この画では、アルキメデスポンプみたいなのを使っていますが、それでも大変だったのでしょうか。

鉱山は、水をくみ出すのが一番の重労働だったのですか。 排水が一番大変だったのでしょうか。 この画では、アルキメデスポンプみたいなのを使っていますが、それでも大変だったのでしょうか。

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佐渡金山のロボットですね。佐渡は金山のほかにも観光スポットが多数あり本当に面白い所ですよ。 さて、相川金山での坑内労働の問題点は次のようなものだと思われます。 1.照明 添付された画像は電灯ですが、江戸時代では油を燃やした明かりだけが頼りでした。大勢の作業者がいる中、手元までを照らすには相当な数の照明が必要だったでしょう。 2.粉塵 外気が入ってきませんから、掘削作業で生じる粉塵が大量に発生し、排出する装置もありませんでした。そのため坑内労働を長く続けた人は塵肺になり短命だったといわれています。また酸素濃度も薄かったことでしょう。 3.排水 廃土や排水が掘削の次に重要な作業でした。相川金山では実際に坑内を見学すると分かりますが、掘削方向は主に水平か上方です。それでも鉱脈があれば下方に掘進することもありましたが、地下水は下方に流れますので掘削作業の大きな障害になりました。始めは水替え専門の作業員が柄杓で汲んでいましたが、後にアルキメデスポンプが採用され、水替工の作業は随分と楽になりました。見学箇所では、掘削の深い箇所(4~5m)はアルキメデスポンプを2段にして途中に水を溜める「中継場所」を作っていました。現代のように電動モーターなどありませんから、水替え作業をする人は交代作業で24時間排水作業に当たっていたと考えられます。

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その他の回答(2件)

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いつの時代の話かわかりませんが・・・・・・ 違います。機械採炭ですが、それでも採炭現場で炭を出す仕事が一番大変です。排水に関しては、坑内の末端部にエアー駆動ののポンプが付いていて、坑内中間部に大きな排水バックを設けて排水を集約し、電動のタービンポンプで坑外に排出します。自動で動作するように回路組んでいるので、通常は人間が排水作業しているわけではありません。私のいた所では150kw、450kwの日立製のタービンポンプ使ってました。

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いつの時代の話かわかりませんが・・・・・・ 違います。機械採炭ですが、それでも採炭現場で炭を出す仕事が一番大変です。排水に関しては、坑内の末端部にエアー駆動ののポンプが付いていて、坑内中間部に大きな排水バックを設けて排水を集約し、電動のタービンポンプで坑外に排出します。自動で動作するように回路組んでいるので、通常は人間が排水作業しているわけではありません。私のいた所では150kw、450kwの日立製のタービンポンプ使ってました。