ここから本文です

日光の輪王寺は家光が祖父家康のそばに眠りたいとの希望で建てられたそうですが、...

net********さん

2019/12/2810:15:35

日光の輪王寺は家光が祖父家康のそばに眠りたいとの希望で建てられたそうですが、輪王寺に葬られているのは家光ただ一人なのでしょうか。

閲覧数:
8
回答数:
2
お礼:
25枚

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

2019/12/2812:56:22

そもそも輪王寺は江戸幕府が開かれるずっと前、8世紀後半の創建です。家光が祀られているのは「大猷院」で、輪王寺の本堂とは離れた場所にあります

質問した人からのコメント

2019/12/28 13:55:21

簡潔にありがとうございます。
もともとあったお寺だったんですね。
納得しました。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

プロフィール画像

カテゴリマスター

AirBorneさん

2019/12/2813:06:21

家光が祀られているのは、現在は、輪王寺に管轄になっている、大猷院です。
大猶院は、家光の霊廟です。

とは言え、お寺ですから、家康の位牌もあり、供養されてます(一般公開なんて、されると話題になりますね)。
歴代の江戸幕府の将軍位牌もあった様な....


日光山・輪王寺の開祖は、勝道上人で奈良時代ですよ。

勝道上人は、奥日光の男体山への登山も敢行しています。
まあ、今で言う登山では無く、山岳信仰もあり、修行の為ですが、人跡未踏の奥日光へ足を踏み入れての、今風で言えば探検でもあり、今の湯本温泉の発見や、湯本に温泉寺も開いてます。
輪王寺は、中禅寺湖の湖畔の西岸とか、広大な地所を持ちます。


輪王寺の寺号は、元々は満願寺でした。

江戸時代に入り、後水尾上皇から輪王寺の寺号を賜ってます。
これ以降、皇室の系譜に連なる方が、輪王寺門跡となり、輪王寺宮の称号も名乗ったりもしています。
輪王寺宮は、江戸時代に関東に住まう、皇室の縁者という特殊な立ち位置になります。


元々は、神仏習合で、東照宮も輪王寺も区別無くで(それと、二荒山神社もかな)、「日光山」という霊場です。

明治になり、神仏分離令で、寺社が分かれていますけど(強引に分けたから、ややこしい事になっていますが)、元々は、神仏で区別の無い、一体となっている日光山です。

あわせて知りたい

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる