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徳川家康から家光の代までの徳川家がお金持ちだった一番の背景はこの時代に日本に...

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ID非公開さん

2020/1/1521:28:53

徳川家康から家光の代までの徳川家がお金持ちだった一番の背景はこの時代に日本における金の産出が非常に多く

それを徳川家が金山を直轄地としてその富を背景にしていたそうなんですが、それが家光の時代にピークを迎えた後は急激に産出量が低くくなり
それに伴って徳川家の財政は急激に悪化したそうですが金山以外に収入はなかったんでしょうか?

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jun********さん

2020/1/1601:46:52

幕府の財政が悪化したのは、収入が悪化したからではなく、
支出の方が増大したからです。
もちろん、金山の収入が減少した事も原因のひとつですが、
それよりも、インフレが進んで、物価が上昇し続けたことが、
大きな要因です。

江戸時代は、平和が続いたので、出生率と平均寿命が大きく伸び、
人口が増加を続けます。
その結果、生産が需要に追いつかず、恒常的なインフレが続きます。
一方、幕府や大名家は、新たに領地が増える訳でも無いから、
年貢収入は変わりません。
だから、収入が増えず、物価上昇による支出の増大で、
財政がどんどん悪化したのです。

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ポアロさん

2020/1/1522:06:40

金も銀も徳川が独占していいましたが、いずれも余禄のおまけみたいな経済力です。
徳川幕藩体制は国内で閉じているのですから、幕府にいくら金銀があっても、それを買ってくれる人がいないので、対した意味がありません。
徳川政権の経済は「米」で成立しています。つまり”米本位制”という事です。
同じ耕地面積では米の収穫高は毎年変化しませんので、米本位制は経済が拡大しません。
つまりずっと同じ給料という事で、家族や支払いが増えればその分貧しくなります。

かたや貨幣経済の商人はどんどん成長する事が可能です。
という事で中期以降の江戸時代では武士が豪商に頭を下げて金を借りるという現象が起きるのです。

本来、町人や商人は米と無関係でしたので無税でしたが、運上金とか冥加金といった税を徴収する様になります。しかしこういった商業への徴税になかなかシフト出来なず、最後まで米本位であったのが幕府のくびきとなって、財政破綻します。

幕府が何度も試みた改革はみな節約とか奢侈禁止令であり、経済規模の縮小を伴なうもので、経済発展の仕組みを理解できていない事が明白です。

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